鎌倉殿の13人

第23回『狩りと獲物』

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最高指導者の暗殺。

歴史上、権力の絶頂で

命を落とした者は多い。

鎌倉殿、

源頼朝にもまた、

冷たい刃が迫っている。

敵討ちは見せかけ?狙いは源頼朝(みなもとのよりとも・大泉洋)。

北条時政(ほうじょうときまさ・坂東彌十郎)は利用されてた、という始まり方でしたね。

けっこう前から富士の巻き狩りでの源頼朝暗殺計画は北条時政が黒幕だった!?という説があるようで、のちの北条氏による権力独占から考えると「さもありなん」と首肯していた人も多いそうです。それは、北条時政が曽我兄弟の弟、曽我五郎時致(そがときむね・田中俊介)の烏帽子親だったことから想起されたことなんですね。

だけど、この時点で鎌倉殿がいなくなっても、そこまでのメリットが北条時政にはない気がします。
万寿(まんじゅ・源頼家・金子大地)が自動的に二代将軍に就任することになったとしても、それで北条氏の権力が最大化するかというとそうでもない。

陰謀を打ち明ける相手は、彼?

源頼朝暗殺の陰謀の存在を北条時政が、こっそり打ち明けたのが畠山重忠(はたけやまのしげただ・中川大志)だったというのもなんだか象徴的ですね。「婿殿」と呼んで親しげにしているほどの関係です。畠山重忠はちえ(福田愛依)を正室に迎えており、北条氏とは濃密な姻戚関係になっていた。

それなのに…というのは、もう少し後の話に。

畠山重忠はこの時点より少し前、実は謀反の疑いをかけられ、赦されています。
畠山重忠の家来が伊勢で悪事を働いたことから主人の彼にも叛心ありと疑われた。

事実無根だったようですが、それを讒言したのは梶原景時(かじわらのかげとき・中村獅童)。

武の中の武・勇の中の勇である畠山重忠は、疑いを晴らすために起請文を書けと言われますが「そもそも自分の心には新たに誓うようなことはない。言葉と心は常に一致している」と突っぱねます。さすが。

起請文とは神仏に誓う誓約書のこと。
疑われたことだけで恥じて自害しようとしていた彼です。この堂々とした態度と言葉に、源頼朝も赦す決意をするんですね。ドラマにはなかったですけどここでも「実はずっと嫌われ役をやっている梶原景時」が出てきてたというのもすごい。

のちの「鎌倉殿」への布石

お坊ちゃん・万寿の弓の腕が今ひとつだ、という描写がありましたね。
北条ヨシトキ(小栗旬)と八重さん(やえ・新垣結衣)の子である金剛(のちの北条泰時・坂口孝太郎)は天才的とも言える腕前で、彼と比較された気まずさが、万寿の「歪み」に繋がってしまう…というような。

歪んでしまったがゆえの乱れた政治だったのか、狂った生活だったのか。
ぴちぴちとフレッシュでスクスクと素直な少年時代ではなかったのだ、という描写だと思います。
逆に言えば、そういう「歪み」の原因を提示しておかないと、ほんとに単なる「お坊ちゃんの傲慢」ていうだけになっちゃいますものね。

比企一族は、我が氏族の隆盛のためには彼を、愚鈍でも持ち上げざるを得ない。
御台所・北条政子(ほうじょうまさこ・小池栄子)にピシャリとやられてましたが、北条氏と比企氏との対立は後継者争いの中、ますます過激になっていく。

 

敵討ち、発動

好色貴族・源頼朝が、政子のいない巻き狩りの地で比奈(ひな・堀田真由)に夜這いをかけようと忍んでいきました。「側女を持つのがそんなに悪いのか!」と嘆いてましたが、同じことを政子に言えるならそれも成立するでしょう。影では偉そうな男だ。

たとえば比奈が鎌倉殿の側女になって子を成すと、比企氏にとっては素晴らしいことですが北条氏にとっては大問題に。比奈が北条ヨシトキの妻になったら、これは北条・比企の平和に寄与する可能性が高いですよね。

すけべ大将軍・源頼朝の嫉妬をかいくぐり、ヨシトキ・比奈の関係はどうなっていくのか…。

そんな夜中、曽我兄弟が攻撃を開始。
鎌倉殿を討ち取った…と思ったらそれは影武者でした。夜這い用の影武者。
影武者になったのはなんと工藤祐経(くどうすけつね・坪倉由幸)だった…役に立つ男じゃ…。

色魔大将軍・源頼朝、夜這いは失敗しましたが自動的に夜襲を避けることに成功してたんですね。

大体、夜襲には陽動作戦として「火を放つ」っていうパターンも多いと思うんですが、この夜は雨。
それに、襲われたとは言え巻き狩りをしている場所なのでみんな武装してますからね、対応は早いはずです。

次の朝、噂が鎌倉を席巻し誰が死んだ次は誰だと、なんとなく「敵味方がはっきりしてしまう」様相を呈してきました。

阿野全成(あのぜんじょう・新納慎也)と実衣(みい・宮澤エマ)さえ「万寿が死ねば、千寿(のちの源実朝)が将軍に…!?」と色めきたった。

噂に翻弄された蒲殿(かばどの・源範頼・迫田孝也)が、「私が鎌倉を守らねば」と決意を表明してしまったので、それが「叛意あり」の証拠になってしまいました。

それにしても、富士の裾野と鎌倉…こんな距離で、ここまで情報が錯綜してしまう時代。

北条ヨシトキは「これ(曽我兄弟による襲撃)は、謀反ではない」と源頼朝に告げます。
これは「謀反を装った敵討ち」なのだ、と。

なるほど…長らく言われてきた説は「誰かが黒幕になって、敵討ちを名目に、源頼朝を討とうとしたのだ」という内容でした。

しかし今回のドラマでは、ヨシトキの機転で「これは謀反の体をとった、敵討ちだったのだ」と。
それを飲め、と源頼朝を説得した。

だから源頼朝は、褒めたんですね。
褒めることで、謀反そのものがなかったことになった。

いやいや、影武者で工藤祐経が源頼朝の寝所にいたということを知っている人は源頼朝本人と側近の安達盛長(あだちもりなが・野添義弘)くらいしかいないんだから、冷静に考えれば、こんな理屈は通らない。

源頼朝様を狙う名目で、実は本当の狙いは工藤祐経だったのです!えそうなの、うんわかった!って納得できるわけがない。夜這いに行ってなかったらどうなってしまってたのか…というか夜這いのことまで知られてる方がやばくないか!?って思いますけどね。

では、どれが本当なんでしょう。

「曽我兄弟の敵討ち」関係図

こうやって見ただけでも、恨みが残る殺害が多数発生していることがわかります。

伊豆の親分・伊東祐親(いとうすけちか・浅野和之)は、源頼朝が自分の娘と勝手にデキてしまって子を成していることに激怒。
勢い盛んだった平家との関係性を慮って、千鶴丸(せんつるまる・太田恵晴)を殺害しました。

八重さんの悲しみもなんのその、源頼朝は挙兵後、当然のように伊東祐親を殺害します(自害説もある)。

親分だった伊東祐親によって、親から受け継ぐはずだった土地を奪われた工藤祐経は、伊東祐親殺害計画を実行しますが失敗。当人は討ち逃しますが息子の河津祐泰(かわづすけやす・山口祥行)を殺害します(流れ矢が当たった)。

当然その河津祐泰の息子たちには、工藤祐経に対する恨みが発生。
この恨みを晴らすべく、巻き狩りでの敵討ち実行、ということになりました。

工藤祐経は芸に秀でた人で、そういえば静御前が鶴岡八幡宮で舞を奉納した時、当然のように鼓を担当してましたよね。京の事情にも通じていたため、源頼朝には可愛がられた。

その工藤祐経を殺されたのに、源頼朝は曽我兄弟を誉めたりしています。
武士はこうでなくっちゃ、的に褒めた真意が、ずっとよくわからなかったんです。
引っかかりどころだった。
だけど前述したように、「ほんとは謀反だったけど、単なる敵討ちっていうことにして矮小化。狙われた立場ではなく武士の誉を褒めた讃える立場を明確にした」っていう戦略をとったということです。

連鎖するはずの「恨」

さて再度この図で、この敵討ちで誰にどういうメリットが発生するかを見てみましょう。

源頼朝は、伊東祐親を殺害してます。その挙兵から平家滅亡、政権打ち立てまで進んだ。
千鶴丸を殺された恨みも、一応ここで晴らしたことになってますね。

工藤祐経は、伊東祐親は殺せませんでしたが河津祐泰を殺せてるので一応、目的の一部は達成している。まだ伊東祐親への恨みはあるものの源頼朝に取り立てられたことで領地も得てる。そもそも彼の伊東祐親襲撃は、源頼朝に唆されたという説もあります。

源頼朝からすると、憎き伊東祐親の一族に大きな打撃を与えてくれた工藤祐経を、役に立ったヤツ、と見てたはず。京の情報にも通じてるので便利な男、と。

よく考えたら河津祐泰の父、つまり曽我兄弟からすれば祖父である伊東祐親を殺したのだから、曽我兄弟にとっては源頼朝も完全な仇のはずです。だから「新しい世」とかなんとか言わずとも、源頼朝は立派な仇です。

なのに曽我兄弟の矛先は、工藤祐経に向かった(ことになってる)。

最大権力者である源頼朝を殺せばおそらく鎌倉幕府は大騒ぎになるし、その責任問題は北条時政にも及ぶ。それが曽我兄弟にとってメリットがあるとも思えないところから(彼らは新しい支配機構を作れるような身分でもないし後ろ盾もない)、やはり源頼朝襲撃は、自暴自棄な恨みの発露だったと言えるのではないでしょうか。

源頼朝は「信じてよいのだな?」と疑いを持ってましたが、一番近しい人間にさえも疑念を持たざるを得ないほど、鎌倉殿には権力が集中し、猜疑心が高まる立場だったのですね。トップに立ったが故の不安が、周りのすべてを敵に見せる。「たまたま助かった」「次はもうない」と吐露するその心情は、絶対的な孤独に打ちひしがれながらも偉業に手をかけた棟梁の寂しさから出たもの。
他人には到底理解できないものなのでしょう。

その猜疑心は、源義経(みなもとのよしつね・菅田将暉)だけでなくさらに身内にも向かうことになり、平家追討の際には総大将に任じた弟・蒲冠者さえも粛清することに…。

親や主君の恨みを晴らす・仇を討つ、というのが美談として語られるというパターンを日本人が大好きなのはこの「曽我兄弟の仇討ち」が、日本三大仇討ちの一つとして語り継がれていることでもわかります。

だけど「曽我物」と呼ばれ、能や浄瑠璃、歌舞伎の演目で広く人口に膾炙した作品である「曽我物語」と、史実としての「曽我兄弟の仇討ち」はやっぱり違います。それは、同じ日本三大仇討ちに数えられながらも「忠臣蔵」と「赤穂事件」がぜんぜん内容が違うのと相似ですよね。

現代から見ると「理由はどうあれ立派な殺人」でしかないのに、仇討ちだと賛美され顕彰される不思議。

さすがに曽我兄弟は擾乱罪とも言える理由で極刑に処されましたが、同じ死刑でも「本懐を遂げてから、粛々と処された」ということがまた、立派だと長年褒め称えられる理由なのかも知れませんね。

うん、でもやっぱり、この「恨み」の原因は源頼朝にあるんですよね…どう考えても…。
なんで神社や供養塔まで建てて顕彰することを、源頼朝は許したのかと考えると、もしかするとやはり、彼らの祖父・伊東祐親に対する、呵責の念だったのかも。

今回の『鎌倉殿の13人紀行』は、ここでした。

頼朝の井戸の森

曽我の隠れ岩

 







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