大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では第15回で、上総介広常が誅殺されてしまいました。
ほぼ言いかがりによる無茶なやり方。
九尾の狐は人を化かす狐の中でも最高格と呼ばれていますが、正確には「金毛・九尾・白面」という条件を揃えているそうです。
体毛がゴールド・尻尾が9本・顔面がホワイト。
「三国妖婦伝」や「三国妖狐伝」として語られることが多い、稀代の化け物。
江戸時代後期に活躍した高井蘭山という戯作者が享和3(1803)年に書いた「三国妖婦伝」がスーパーヒットになり、ベストセラーに。だから九尾の狐はものすごく有名で、みんな知ってるパワフルモンスターだったのですね。
「絵本三国妖婦伝」はなんと、国立国会図書館デジタルコレクションで本物が読める(明治19年版)のだ!
だいたい「三国」と言えば「三国志」が有名なので魏・呉・蜀なのかと思ったらそうではなくて、天竺(インド)・殷(中国)・日本の3つだそうです。
華陽夫人(かようふじん)となって班足太子(はんそくたいし)をたぶらかし、中国では妲己(だっき)となって殷の紂王を滅ぼし、日本に渡ってきて鳥羽上皇の寵愛を受けこれを滅ぼそうとしところ、陰陽師・安倍泰親に見破られます。
安倍泰親はあの安倍晴明の直系5代目の子孫。
玉藻の前を見破ったのはその子の安倍泰成だと書いてあったりするところもあるけれど、どっちなんでしょう。
宮中から逃げた玉藻の前には、討伐軍が組織されます。この討伐軍にいるのが、上総介広常なんですね。ちなみに三浦介義明(義澄の父)、千葉介常胤もいます。ということは、「鎌倉殿の13人」で活躍する三浦義村らとは世代が2つ違うので、やはり玉藻の前の正体を見破ったのは安倍泰親なんじゃないの…と思えてきますね。
太田記念美術館所蔵の、月岡芳年の「新形三十六怪撰」の一つ。
殺生石は飛んでいる鳥を殺して落とす、という伝説。
この女性は玉藻の前(たまものまえ)。
#鎌倉殿の13人 に登場した上総広常にちなんだ浮世絵をご紹介。上総広常らは九尾の狐を退治しますが、九尾の狐の怨念は殺生石となり、近づく人間の命を奪うようになります。こちらは月岡芳年の「新形三十六怪撰」。殺生石に九尾の狐(玉藻前)がもたれかかる姿で描かれています。※現在展示していません pic.twitter.com/aqUOVHN51o
— 太田記念美術館 Ota Memorial Museum of Art (@ukiyoeota) April 17, 2022
那須野(現在の栃木県那須)あたりまで逃げたけれど追い詰められ、上総介広常の最後の一撃で九尾の狐は死にました。
ところが、毒を持った石になってしまったというのです。鳥だけでなく、近づいた人間も殺してしまうので「殺生石」と呼ばれ恐れられました。
そこへフラッと現れた玄翁和尚(げんのうおしょう)が殺生石を粉々に壊し、各地へ飛散したそうです。
ここで、石を割るのが「ゲンノウ」和尚だというのが心憎い。
ゲンノウって、これですからね。
もう登場した瞬間から「あ、これ、割るな!」ってわかる。
もしこれが「玻璃和尚」とか「豆腐和尚」とかだったら割れてなかった。
で、その創作をもとにして観光名所になっていた、殺生石が2022年3月、割れていたと話題に。
「九尾の狐」伝説の「殺生石」が真っ二つ…SNSでは「狐が復活しないといいけど」
https://www.yomiuri.co.jp/national/20220306-OYT1T50156/
SNS上でもかなり騒がれ、テレビ番組でも特集されてたんですね。
伝説が今も残るミステリースポット!?
割れた那須湯本の「殺生石」
https://rentacar.carlifestadium.com/travel/nikko/sesshoseki
先日3月5日に殺生石が真っ二つに割れているのを確認しました。
昨今のコロナや世界情勢を鎮める為、瑞獣(神獣)・白面金毛九尾の狐が石を割って出て来たのでしょうか。吉兆の前触れであってほしいものですね。#殺生石#那須#那須高原#九尾の狐#御神火祭 pic.twitter.com/8ulZfkkfq5— 那須町観光協会 (@nasukankou) March 9, 2022
場所は、ここ。
面白いなぁと思ったのは、
九尾の狐が石になった
↓
それが割れた
↓
石になった狐の死
とは考えないんだなぁ、というところ。
多くの人が
石になった九尾の狐
↓
それが割れた
↓
中の狐が解き放たれたのではないか!?
と考えたということ。
例えば陰陽師が「石に閉じ込めた」とか、上総介たち武士団が「石に封じ込めた」とか言うなら、割れたら封印が解かれてどこかへ…というのもわかりますが、上に挙げたレンタカー業者さんのサイトに乗せられていた現地の案内板にも「毒石になり」って書いてあるんです。
「なった」んだから、それが「割れた」んなら死、じゃないの?
めでたいことでしょうそれって。
だけど「逃げた」みたいに思った人がたくさんいたんですね。
妖力が解放されたので気をつけないと、みたいな。
我々は「変化(へんげ)」よりも「封印」というファンタジーに慣れているのかも知れないなー、と感じたのでした。
それにしても三国を渡り歩いた、凄まじい美貌の女性に変身する狐。
「玉藻の前」にはモデルがいるそうです。
時代は、上総介広常がいるくらいですし、日本でのターゲットは鳥羽上皇だったことからも、平安末期だとわかります。
鳥羽上皇は5歳で天皇になったため、実権は父の白河法皇が握っていました。
この頃から「院政」が始ったとも言われていますね。
院政は、天皇ではなく、家長たる上皇や法皇(天皇位をすでに退いた人)が、皇位継承権を自由にできるような政治体制のこと。
逆に言えば、常に「現役天皇派」と「院派」に宮廷の勢力が分裂し、政争が起こりやすい状態であるということです。
日本国の頂点を極める権力者である鳥羽上皇に寵愛され、ものすごい家柄出身でもないのに皇后にまでなった女性が、玉藻の前のモデルなのだそうです。のちに美福門院となる彼女は皇位継承に当然のように口を出し、他の勢力との抗争のきっかけを作りました。
でも彼女のゴリ押しのおかげで即位したのが後白河天皇だったりして、なかなか複雑ですよね。
そして武士同士の戦い「保元・平治の乱」という戦乱、そして平安時代の終焉につながります。
武士政権ができてしまって、もし武士が統治権だけでなく王権まで簒奪することになったら(殷が周に滅ぼされたように)、これはもう「三国妖婦伝」どころではなく「四国」「五国」とシリーズ化されていくことも可能だったでしょう。
「さて、ニューヨークに降り立ったゴールデン・ナインテイルズ・フォックスは…」とかね。
悪女としてモデルに直接皇后を描くわけにはいかないので、玉藻の前という「どこからやってきたかよくわからないけどとにかく美人で頭の良い女性」を妖艶に、奇怪な狐として描いた。遣唐使の船に紛れ込んで日本に渡ってきたらしいけど。
同時代の登場人物に上総介とか千葉常胤とかがいるわけですから、室町時代くらいになったら「ああ、まぁ、あの人のことよね…」みたいな、人物比定が密かな楽しみになっていたのかも知れません。
落語「紋三郎稲荷」のマクラで、2つの川柳が紹介されています。
・畜生め石になってもまた割られ
・三国で割られた後に和尚割り
これは先述の通り、殺生石となった「金毛・九尾・白面」の妖狐の行く末を言ってるわけですけど、2つとも、「割る」になんだか、隠語めいたニュアンスがあることにお気づきでしょうか。
「また割られ」や「割られた後に」と、「割られた」が繰り返されることを指摘している。
これってどういう意味なんでしょう。
割る。
ケツを割る、なんていうのは諦めて逃げたりした時に使いますが、この場合「割る」のは自分です。「口を割る」も「土俵を割る」も、不本意ながら行為の主体は、自分です。
川柳にある隠語めいたニュアンスは「割られる」という受動的な言い方ですよね。
色々調べていると「新鉢(あらばち)を割る」という言い回しがあることにぶち当たりました。
これは意味として
処女を奪う。処女と枕を交わす。
時に使われるそうで、なるほど新しい鉢を割る、というイメージなのですね。
これが、石を女性に引っかけて「割る」という連想になり、隠語的に「割ると割るでほら、まぁそういうことよ…」という、わかる人にはわかる川柳になっていったのかも知れませんね。
そして「新鉢」というのは破瓜(はか)の言い換えでもあると。
破瓜とは「女性の16歳のこと」であり、「性交によって処女膜が破れること。」でもあると。
weblio辞書
破瓜
https://www.weblio.jp/content/%E7%A0%B4%E7%93%9C
江戸時代、瓜の初物は珍重されブームにもなった。促成栽培を公儀が禁じるほどに。「新しい食器を使う」ことと似た意味の言葉として破瓜は庶民の口にのぼるようになり、破瓜も新鉢も「初夏の季語」になったのだそうです。
うーん、そこからの連想で、そういう使われ方をする意味を含んでいったのか…。
なるほど、やはりどうも隠語めいたニュアンスを感じると思ったら、その辺のことを暗に言いたい雰囲気で作られた川柳のようですね。
録音としては六代目三遊亭圓生のものを聞いたのですが、そりゃその辺の詳しい説明はしないはず、だわ。
今回は以上です。
これは月岡芳年・「インドでのあいつ」。