https://twitter.com/nhk_naotora/status/942347157234962432
ついに最終回。
これ、ですね。
織田信長(市川海老蔵)が本能寺に斃(たお)れ、カシラ(柳楽優弥)との叶わぬ恋もしっとりと船上で終わり、天下の動静を見守ることにするおとわ(柴崎コウ)。
なんと秀吉にあっけなく討ち取られた明智光秀(光石研)の子を預かってしまっている龍潭寺に、織田勢の追っ手がッ…!
そういえば「明智が死にまして!」と家康(阿部サダヲ)を狼狽させたあの人。
役者さんのお名前がわからないのですが、背中のショットから始まった、ということもあって「おおお!秀吉!!」と思ったんですが、言明はされませんでしたね。
少なくとも徳川の陣幕内に迎え入れられてて、「徳川の長」たる家康を立たせて、自分が上座で床几に座ってるんですから、「織田の人として格上」だったってことですよね。あまりアクの強い訛りを持たせた演技はされていなかったので、あれは秀吉ではない、ってことなんでしょうかね…。まーいーや。
於大の方(栗原小巻)が後顧の憂いを断つために攫(さら)ってしまおうとするところ、おとわは敢然と立ち向かいます。
母の愛をかさに、自分の一族を守るという戦国の理を振りかざす於大の方。
「子を成したことのない尼さまにはわかりますまい」的なことを口走ります。
いつも思うんですけど、なんだかの論争になると一部の人は「子供育てたことない人にはわからん!」というような論調を持ち出すことがありますよね。ひどい場合、「子ナシのくせに…」みたいな、蔑視的な態度になる。
あれっていつもけっこう不思議で、確かに「子供がいない人には、いる人の苦労はわからない」ので、それはそれで正論なんですが、だからと言って「育てた人の方が偉い」とは自動的にはならないですよね。子供がいない人の苦労だって、子供がいる人にはわからないし。ひどい言い方をすれば、なんでお前らがろくに計画も避妊もせずに勝手に作った子供を「苦労の原因扱い」してるんだアホか、ということになりますし、ネズミでもモグラでもタツノオトシゴでもやってる子育てをそんなに偉そうな高尚な大事業のように言われても、ねえ…という気がします。「子のない人にはわからない」に、一定以上の意味を付加してマウント材料として使うような人は、生物として生殖機能がほんの少し優れているという点以外には、なんら誇るべき内的な思想を持ってない哀れな人なんだな…と思うことにしていいと思います。於大の方(徳川家康の母)がそうだった、とは思いませんがw
「光秀の子であろう!!?」という追求に「信長様の子でございます!!」と強弁して乗り切った井伊勢。
天目茶碗とお墨付きを見せると「また来るからな…!?」と織田の探索班は引き上げてしまいましたが、え?え?え?と、三回も声に出して言ってしまいましたw
なんで??なんで帰っちゃうの!?信長様の子なら、もし死んだ織田信長の落胤が見つかったなら、その後見人となって織田家を取り仕切る立場になれるかも知れないんですよ??この、龍潭寺に来た武士(小木茂光)がどの位の家格かはわかりませんが、織田家は信長が死にすでに家督を譲られていた嫡男・信忠も殺され、秀吉は信忠の子・三法師の後見となったことから天下の後継者となって勝ち上がっていった。秀吉には、小さかった三法師(のちの秀信・ひでのぶ)という、正統性・正論が必要だった。そう、あれですよ、清洲会議。
観た。Amazonプライムで観たわ。
龍潭寺に預けられた自然(じねん)が信長の子、ならば幼少ながら、三法師の「おじさん」ということになる。
明智光秀の子、より何百倍も大事だと思うんですけど、ねww!!!!
自然は龍潭寺で得度。法名「悦岫(えっしゅう)」。
難しい字です。
昊天(小松和重)はその意味を「なにごとにも縛られることなく、自然に生きることをよろこぶ、という意味です」と説明しました。
実は龍潭寺は、南渓和尚(二代目)が亡くなったあと、三代目住職は傑山(市原隼人)が勤めます。そして五代目が、昊天なんです。で、四代目住職の名前に、じつは「悦岫」がある。しかも龍潭寺の歴史を見ると、昊天は「龍潭寺四世・悦岫永怡より昊天の号を授かる。」と書いてあり、そうなるとドラマと時代と年齢が頭の中でごちゃごちゃになってきます。つまり悦岫はタイムスリッパーで、名付けられたあと、30年ほどさかのぼって昊天命名に立ち会った、ということなんでしょう。あまり史実として記録に残ってなかったのか「マァイイヤ」ということで転用したんでしょうか。ドラマ上、最終回でそこまで重要なところじゃないし、誰もそんなに考えないだろう、という感じでしょうね。四代目住職の名前の説明を、名付けれらた側の五代目がするというパラドクス…あ…、「なにごとにも縛られることなく」と、先に言われちゃってましたねwww
高瀬(朝倉あき)ってスパイ容疑は晴れたんでしたっけ…。
近藤康用(橋本じゅん)から「万千代に嫁がせる」という計画を持ちかけられました。あれ?高瀬って直親(三浦春馬)の隠し子設定じゃなかったでしたっけ。ということは?万千代(菅田将暉)とは兄妹でしょ?史実としては姉弟だったそうですが、そんな提案、通らなくないですか。だからあんなに目むいて驚いてたってこと?よくわかりませんw
「やはり、親子じゃの…」と近藤に喝破されたり。「あの…!ご存知で…!?」っていうことは事実なの???親子??誰と???じつは直虎の実子、っていう設定でしたっけ…??いや、わからなくなってる。いつ産んだの???ずーっと観てきたのに。誰との子??カシラ??いやいや、さっき於大の方に「子のない尼は…」って言われたとこだったのに…まーいーや。
井伊谷の身の上を案じつつ、とうとう床に伏せる直虎。
南渓和尚との病間でのやり取りは、井伊谷の歴史とドラマを懐古する、感傷的かつ未来を感じる、素晴らしいシーンでした。
夜、どこかから聴こえる篠笛。
亀之丞が愛用していた「青葉の笛」。
懐かしき子供時代を回想する中で出て来る笛は、複製が「引佐協働センター2階展示ギャラリー」にあります。
6月には実際に見ましたが、まだ展示されてるかしら。
石垣も立派な、この施設に。
「青葉(あおば)の笛」の複製を展示中!
https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/miryoku/naotora/pr/20160705.html
あの三人の思い出ともに、直虎はそっと亡くなりました。
そして同じ頃、名も知れぬ海で、空へ還って雲となったあの男…。
6月に井伊谷を訪れたのですが、その時に、「直虎の墓所」がありました。
もちろん、龍潭寺もそうなんです(戒名は月泉祐圓禅定尼)よ。
今、直虎は龍潭寺で、添い遂げられなかった直親の横に祀られているんです…。
それとは別に。
ここです。
現在の、浜松市北区引佐町井伊谷。
ほら。「あっ、大河ドラマ決まってから、竹やぶ切り開いたね!?」感が逆にスガスガしい。
小さな社がありました。
中を覗かせていただくと…。
意外な形状でしたが。
スポットライトが当たるまでも、ここでそっと、井伊谷を守っていたんですね。
そして万千代は、井伊家を完全に再興。
大老までをも輩出する名家の礎を築く。
稀有なる猛将として「武功」を極める。
直政の名をもらうにしても。
「井伊の直」と「小野の政」と言われたら、やはり「小野政次(高橋一生)」の顔、浮かんできますねえ!
で結局、最終回の「石を継ぐ」って、なんのことだったんでしょう???
政次と夜、直接、または月を鏡にやりとりをしていた、このドラマの象徴の一つであった碁。碁石。
それは、井伊の魂。
1年かけて50話、観て参りました。
やはり終わると、感慨深いものがありますねえ…。
最後の「直虎紀行」は、数々のゆかりの地でした。
井伊直政像
彦根龍潭寺
彦根城
井伊谷
ご初代様の井戸
↓
来年(2018年)は、「西郷(せご)どん」なんですね。
http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=09720」