「花と龍」というのは、火野葦平の元は自伝小説なんですね。
映画の題材に何度もされている。
1962年の映画化では主人公・玉井金五郎を石原裕次郎が演じています。
これか。
おや。
萬屋錦之介版(1965年)もあるぞ。
おやおや。
渡哲也版(1973年)もある。
最初の映画化は藤田進主演で1954年(昭和29年)だったそうですから、何というか、みんな大好きな題材、だったんですね。
今回のリメイクは、有名な実在の沖仲仕・玉井金五郎(火野葦平の父)を「日本侠客伝」に取り込んでしまおう、というアイデアだったということですね。もちろん、火野葦平の原作「花と龍」に出てくる人物像とは、かなり乖離したものになってるでしょう。
…というかシリーズ化が進んで、もはやヤクザ映画、仁侠映画というよりもヒーローもの、というような様相が強くなってる感はありますね。ストーリーよりも「高倉健を観る」という目的で観客は映画館に足を運ぶ。「仁義とか筋とか話なんかどうでもいいんだよ毎回一緒なんだから。そういうことじゃないんだよ」とか言ってたかも知れない。
勧善懲悪、とまでは言えないんだけどもピカレスクロマンとまでも言えないような、独特の伝統的な風情が下敷きになってる「仁侠モノ」の、意外で複雑な発展と趣き。
冒頭、「日露戦争が終わった頃」という文字が出ます。
日露戦争の期間は1904年(明治37年)から1905年(明治38年)。
「終わった頃」というのはなかなかに曖昧な言い方ですが、明治の終わりごろ、ということでしょうかね。
大日本帝国はバルチック艦隊を日本海で撃滅するなどしてかの列強・ロシア帝国に勝ってしまいます。
全世界が驚いた。
なにせ、38年前まで「江戸時代」ですよ。
船を漕ぐならえんやとっと、チョンマゲ乗せて下に〜下に〜って、やってたんですよ。
38年でロシアに勝つ日本。
ちなみに日露戦争勝利から38年後は1943年。太平洋戦争真っ只中です。
負けるまでずっと戦争してたような感じ。
舞台は山口県・彦島。
ゴンゾ(石炭仲仕)として働くことにした玉井金五郎(高倉健)。
炭鉱で取れた石炭は、消費地の港へ大きな船で運ばれますが、当時、クレーンなどの重機なんかありませんから、艀(はしけ)に乗せて、ほぼすべて人力で陸に運び込まれました。
これをやっていた人足が「ゴンゾー」と呼ばれていたんですね。
この時、玉井金五郎は「支那に果樹園を作る」という夢を持っています。
日露戦争が終わる10年前の1895年(明治28年)、歴史ある大国であり「眠れる獅子」扱いだった清(しん)が、日本という小国に負けるというニュースが世界をかけめぐります。
日清戦争。
なにせその28年前まで船を漕ぐならえんやとっと、チョンマゲ乗せて下に〜下に〜ってやってた、あの日本というちっぽけな未開の島国が勝ったのです。
それで「あのあたりはちょろい」ことが欧米列強にバレてしまい、権益を求めてそれはエグい「中国分捕り合戦」が始まりました。
日本も負けじとそれに食い込み、朝鮮半島の権益などをめぐって、けっきょくロシアと戦争することになるんですね。
玉井金五郎(高倉健)は中国大陸に大きな夢を持っています。
いや、日本人の多くが「新大陸が我がものに」という、希望と夢を抱いていたのでしょう。
その希望は、太平洋戦争に負けるまで続きます。
馴染んできた玉井は、地元の盆中で、壺振りのお京(藤純子)と出会います。
そのお京に、
男は、自分がこうと思ったことに体を張って生きていかなくちゃ…ね
でも…博打だけはやめときなさいね
と諭され、なんだかホワワンとした雰囲気に。思慕の念と憧憬を混ぜたような、淡い感情の揺れ。
荒っぽいゴンゾたちは、山尾組と大村組に分かれて大喧嘩になります。
中には女性もいて、血気盛んなおまん(星由里子)も大活躍。
それなりに被害も出ましたが、玉井の頑張りもあって勝った山尾組。
…この「日本侠客伝」シリーズは、必ずしも「ヤクザ映画」というわけではないんですよね。
今回の「花と龍」も、主人公の玉井金五郎(高倉健)は「仁ある侠」ではあるがヤクザというわけでない。男気で活躍した玉井は、恥をかかされた伊崎組の報復を恐れた、山尾組の親分によって所払いになります。体のよい追放。
三年後、北九州の若松は戸畑(彦島とは関門海峡の対岸に位置する)という湊町で、玉井は永田組の助役となって働いていました。この地にも、荷役をめぐる組織の対立がありました。
この土地に、あの壺振りのお京(藤純子)がやってきます。
盆を開くため、ですね。
海の男たちは基本的には、明日をも知れず暮らしをしている者が多く、博打に精を出す輩が多かったのです。
ヤクザはそこにつけこんで、商売を広げていた。
三年ぶりにあったお京はなんと「刺青を彫らせろ」と玉井に言います。
そんなことってあります?
お互いに、うっすら憧れあっている中、とはいえ、そんなこと言います?
そしてそれを、すんなり受けます??
戦友であった大田新之助(二谷英明)が敵方の伊崎組の人間になってしまったのは、実はおまん(星由里子)を玉井に獲られた、そのヤキモチまじりの腹いせだった感があります。
嫉妬は、短ドスでの決闘に発展。
女親分・島村ギン(高橋とよ)の仲裁でことなきを得ますが、いつかどこかで暴発しそうな空気も孕んでいます。
吉田機青(若山富三郎)の宴席でも隣に座っていた島村ギン。どえらい貫禄で若手の暴走を止めるギン。詳細は不明です。
一家を持つことになった玉井は、組織の小競り合いで犠牲になって命を落とした義理の兄を見て、覚悟を決めつつ、1人で何かをやり遂げる覚悟をします。
初めて、道中が船に。
遠賀土手行きゃ雁がなく
喧嘩博打に明け暮れて
ゴンゾ稼業と呼ばれていても
胸に抱いた夢ひとつ
夜、闇の中を灯りひとつで1人で櫓を漕いで進む玉金(高倉健)。
いや、これは海を渡っているわけではないようですね。
歌にある「遠賀(おんが)」とは「遠賀川」。
川を渡っているんですね。
玉井らがいた「若松」という地区、地図で見ると西方にある遠賀川まではけっこう距離があるように見えるんですが、若松半島の東部はかなり埋立が進んでいるようにも見えますから、昔はもっと狭く、川に近い区域だったんでしょうね。
宴席に、殴り込みのつもりで現れた玉井。
そこで余興を求められ、お京の歌で、黒田節を舞います。
鋭い眼光で槍を探す。
お京はわかっていて、それを狙わせたのか。
眼光が鋭すぎてすぐに周りにも伊崎親分(天津敏)にもバレてしまいますけどね。
酒は飲め飲め飲むならば
日の本一のこの槍を
飲みとるほどに飲むならば
これぞまことの黒田武士
舞の最中に、障子越しに槍で背中を刺されてしまいます。
その割に白い着物に染みてる血が少ないけど、致命傷になりかねない場所を刺されてるけど動きは鈍らない。
ピストルで援護するお京(藤純子)。
あれだけ人数がいればなんとかなる気がするのですが、玉金の気迫がすごいんでしょう。
因縁を持っているかに見えた大田新之助(二谷英明)が助太刀に来て殺されますが、玉金は見事に伊崎親分を討ち取ります。
ここの、頭部に斬りつけて血が吹き出すところ、見事です。
よく見ると斬られる時、左手に何かを握り込んでるんですが、タイミング・吹き出し方、見事としか言いようがない。
天津敏(伊崎)の素晴らしい必見テクニックです。
今回は、警察隊による捕縛がない。
その代わりに、花(菊)のアップで終わります。
この「日本侠客伝 花と龍」の公開は1969年。
前年、1968年に「緋牡丹博徒」があり、すでに藤純子は、「闘う女博徒」としてのキャラクターが確立しつつあったのです。
「緋牡丹博徒」シリーズは、第8作まで続きます。
「花と龍」とは、玉井が彫った、龍と菊だった。
ーシリーズ11作ー
第1作『日本侠客伝』1964年8月13日公開
第2作『日本侠客伝 浪花篇』1965年1月30日公開
第3作『日本侠客伝 関東篇』1965年8月12日公開
第4作『日本侠客伝 血斗神田祭り』1966年2月3日公開
第5作『日本侠客伝 雷門の決斗』1966年9月17日公開
第6作『日本侠客伝 白刃の盃』1967年1月28日公開
第7作『日本侠客伝 斬り込み』1967年9月15日公開
第8作『日本侠客伝 絶縁状』1968年2月22日公開
第9作『日本侠客伝 花と龍』1969年5月31日公開
第10作『日本侠客伝 昇り龍』1970年12月3日公開
第11作『日本侠客伝 刃』1971年4月28日公開
…2020年は、「仁侠ものチャレンジ」に取り組むのでござんす。
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