仁侠ものチャレンジ

日本侠客伝 刃

投稿日:2020年5月18日 更新日:

「ドス」と読め!!!

シリーズ11作の最後、1971年のこの公開以降、2016年の「鬼滅の刃」連載開始で覆るまで、「刃」は「ドスと読む」と、公式に認定されて参りました。なんとか「鬼滅」が踏ん張ってくれましたが、個人的には今後「鬼滅のドス」と呼んで行こうと思います。高倉の呼吸。

それにしても最後のサブタイトルが「刃(ドス)」とはすごいですね。

なんで刀のことを「ドス」って言うんでしょう。
一説には語源は「脅す」。
出しただけで、脅迫効果のあるアイテム、っていうことですね。

江戸時代、武士階級や一部特権町人が帯刀していましたが、「人斬り包丁を1本半持ってやがる」なんて言われていて、逆らえないシンボルとして機能していたことからも、「ドス」は「脅す」。

ドスっと刺さるからドス、なんていう説もあるそうです。

だけど基本的には「短刀」をドスと呼ぶんですよね。脇差(わきざし)とか懐刀(ふところがたな)の類。長いのは「長(なが)ドス」と呼ぶそうです。ドスの長いのが長ドス。ネギの長いのが長ネギ。

今回は古風。

ずいぶん、時代を遡るものです。
1960年代の、高度成長期に差し掛かる時代の「現代ヤクザ」をモチーフにした作品があったかと思えば(第8作『日本侠客伝 絶縁状」)、なんと今回の時代設定は明治20年(1887年)。

当たり前ですけど、明治維新から20年しか経ってません。
冒頭、郵便マークと配達夫(玉川良一)がでてきます。
日本に逓信省(郵政省の前身)ができたのは明治18年(1885年)。初代の大臣は榎本武揚です。五稜郭で戦った、あの榎本武です。そういう時代。

ボロい身なりで九州から金沢へ流れて来た松吉(まつきち。高倉健)は稲垣芳恵(十朱幸代)と出会います。芳恵の父親は武士で、切腹して自害しています。
この辺り、もう「ほぼ「時代劇」と言っていい趣き。

そもそも江戸時代、馬方(うまかた)として、荷物や人を運ぶ仕事をしていた人たちが、維新後、郵便配達をする運送業となって仕事をしていましたが、彼らと、地元のヤクザたちが揉めてしまいます。

なんとその喧嘩に助っ人として割って入ったのは御家政(ごけまさ。池部良)。池部良出て来た!
腕っぷしのめっぽう強い御家政は、なんとなく松吉の兄貴分のような存在になっていきます。

このシリーズでは、軋轢パターンとして、「昔気質の仕事をしている労働者」と、「新しく組合を作ったりして資本主義的に大きくなろうとする新興勢力」の対立がありました。

主人公(高倉健)は流れ者ながら、いつも前者に味方して、最後には怒りを爆発させて殴り込む…という流れだったんです。

今回は、どうも流れが違います。

地元選出の代議士・青山圭介(大木実)は「民党倶楽部」を作った野党の政治家。
北陸の資本家を集めて政府与党の弾圧に立ち向かおうとしています。

私設団体「救国社」を率いる与党の政治家・本堂雷山(渡辺文雄)は元博徒。

地元へ凱旋した青山圭介が集会を開こうとし、救国社が妨害を行う中、当の青山が刺客に襲われます。
その刺客は伸太郎(藤浩)。なんと、東京で医者を目指していると姉・芳恵(十朱幸代)が信じていた、弟だったのです。東京で、思想にかぶれ、政治運動に参加し、けっきょく鉄砲玉に使われてしまっていた伸太郎。割腹自殺した二人の父は、徳川時代には青山圭介の父の、部下だったそうです。役職などは不明。

「大正デモクラシー」という言葉は教科書でも習いましたが、この「日本侠客伝 刃」の舞台は明治20年。実は明治憲法(大日本帝国憲法)が施行されるのが明治22年。第一回の衆議院議員総選挙が実施されるのがその翌年です。

この時期(明治20年)、国の新しい権力をめぐって、力あるものはさらに力をつけ、古い暴力を駆使しても勢力図を広げんとし、迫りくる時代に適合しながら、進んでいたんですね。

国民のほとんどは「選挙ってなに?」な時代です。

私塾「救国社」は、武を磨き威を高揚することで成り立つ暴力組織。
そこに「思想」がまぶされて、自分たちは正しいことをしていると若者を信じさせている、言ってみれば「テロ組織」です。

伸太郎(藤浩)のセリフに出て来たように、「武士の世界をもう一度築く」という思想は、まだ燻っている時代。そういう本堂雷山(渡辺文雄)の扇動に乗る若者(士族の子弟)は、まだまだたくさんいたでしょう。なにせ、西郷どんの西南戦争は明治10年(1877年)ですから。

本堂雷山は知っているのです。
もう、時代は動いている。しかし猪突猛進な若者は、まだまだ利用できる。
使い捨てにしたとて、「古い体質の跳ねっ返り」として処理できる。
政敵を物理的に排除するための、過渡期ならではの暴力組織。それが「救国社」なんですね。

弟を救い出したい姉・芳恵。
弟の命を救うため、美貌の芳恵は本堂雷山に身を売る覚悟をしてしまいます。

身売りしてしまう芳恵の窮状を知って、松吉(高倉健)は芳恵を逃がそうとします。
しかし「自分の一生を捨ててでも」という覚悟を見せる芳恵。

「救国社」からの伸太郎奪還に成功し、制裁を加えて説教する松吉。

芳恵への想いはあれど、身分違いで結ばれることのないことを知っている松吉は、金沢を去っていきます。

4年後。

本邦初の衆議院議員総選挙が行われます。
ちなみに、選挙権は満25歳以上の男子のみです。
プラス、府県内において直接国税(所得税的な)15円以上を納め引き続き納めている者。
しかも記名投票です。

全然、今とは違う制限がものすごくかかっています。
それでも「選挙ってなに?」からの第一歩。

「日本侠客伝 刃」、設定は「明治20年」でしたよね。

初の衆議院議員総選挙が行われるのは明治23年(1890年)なんですよ。

「4年後」じゃなくて「3年後」だと思うんですけどね…。

劇中、テロップが出ます。

この年第二回衆議院
総選挙に当って
政府は野党側に
史上稀な大弾圧を
加えた

はっきり「第二回」と書いてありますね…

うーん、第一回は??大丈夫だったの??

そして明治20年から「4年後」の明治24年には総選挙は行なわれてないんですよね…。

第二回衆議院総選挙は、明治25年(1892年)なんです。
ここの1年のズレはどういうことなんだろう…
第二回の選挙は2月15日だったそうなので、「年度」で数えて、4月1日までは4年後ってことになるのか…ならんか…。

そしてこの「政府は加えた野党側に対する“史上稀な”大弾圧」って、事実なんでしょうか。

これは「選挙干渉」として知られるものですね。

「作為(さくい)」と「不作為(ふさくい)」があり、作為はもちろん、野党への選挙活動の妨害・過度な取り締まり。不作為は、自陣の選挙違反行為の見逃し、などということになります。

やはり明治時代、この時は内閣総理大臣は4代目。松方正義です。元・島津久光の側近。
第二回衆議院総選挙の年の8月には辞任しています。そして松方は、麝香間祗候となりました。

彼の次は第二次伊藤内閣です。伊藤博文です。1000円札。
そしてその4年後にはまた第二次松方内閣組閣。

人間としての評判は必ずしも芳しくない松方正義ですが、「首相になれ」という位置に2度もいる、というのはそれだけで、やはり大人物なんじゃないかとも思います。

陸奥宗光
「松方程度の人間は地方の村役場に行くと一人や二人はきっといる」

国立国会図書館デジタルコレクション
咢堂放談
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1440487

 

金沢に帰って来た松吉は、芳恵(十朱幸代)が青山と結婚したことを知り、御家政(池部良)は渡世の義理で、悪徳政治家・本堂(渡辺文雄)の助っ人をしていることを知ります。なかなかのショック。

激しい暴力と妨害が、人命すら奪っている金沢で、世話になった運送会社の社長が殺され、青山も刺されました。

想い続けた芳恵の幸せを祈ってます、と背中越しに言い、松吉は覚悟の殴り込みに。

4年前、立派な男になれよって、お嬢さんの情け、腹一杯受けたあっしが、
こんな姿で帰って参りました。どうか。許してやっておくんなさい。
幸せになっておくんなさい。

そう言って立ち去ります。

御家政もは本堂を止めようとしますが、結局、救国社の連中に刺されてしまいます。

松吉はピストルと日本刀で襲撃に。
いわゆる、白鞘の「長ドス」ではなく、鍔のついた刀ですね。

それにしても手元はよく見えませんが、「二十六年式拳銃」なんですかね。
この「二十六年」って明治26年のことですから、劇中に出てくるのはおかしいし…。

実は新しく創設された逓信省の管轄で働く郵便配達夫は、「洋装」を地域に広める役割も担っており、さらに「郵便物というのは大事なものなのだ」ということをしっかり国民に浸透させるため、「しっかり守る」役割も担っていました。

彼らは、ピストルを常備していたようです。

その銃は「郵便逓送脚夫護身用短銃」と呼ばれる、連発式のものでした。
その規則は、明治6年(1873年)には「短銃取扱規則」としてできていたそうです。
1887年から「現金書留」の取扱が始まり、強盗が急増。

そうでなくても山間部では狼とか熊とかに襲われて郵便物が配達夫ごと何処かへ行ってしまう…という事件も頻発していました。

なのでこの当時、ピストルは「警官よりも、郵便屋さんのもの」というイメージがあったのだと思われます。

 

御家政の助っ人で、仇敵・本堂と決死で切り結び、なんとか倒します。

しかし松吉も斬られており、瀕死。

二人で倒す(高倉健と池部良)というパターンは、「昭和残侠伝」で毎回見て来た形ですが、「日本侠客伝」シリーズの最終回でこれが見れるとは。「昭和残侠伝」では池部良は毎回死ぬんですが、今回も死にます。

というか珍しく、主人公の高倉健も死ぬのです。
二人で血みどろの致命傷を負いながら、義理と人情に翻弄されながら、絶命する侠客。

身分としては「国会議員の妻」という地位になりながらも、松吉を想う芳恵。
どうにもできない中、結局、流れ者の男たちは死んでしまいます。

なんかこう、「上手く生きられない男」を描いているんですよね。
だって、死ななくてもいいじゃないですか、なにがあったとしても4年間は逃げて、事情も知らなかったんだから。急に帰って来て、死ぬ覚悟で相手を殺しに行く決断をする。

そこまでの義理を感じているのは、松吉にとっては全て「金沢に流れ着いた時の、芳恵、そして会社の人たちへの恩義」なんですよね。これを片方に乗せると、「自分のできる範囲で、恩を返せるのは殺人と死だけ」ってことになっちゃうんです。

いやぁ、そうかなぁ…と、現代の甘っちょろい我々は思ってしまいますけど、そこがこう「上手く生きられない男」のはかなさ、フィクションとしての「男性像」なんですよね。

これ、もうほっといたらルーティーンみたいに、永久に終わらんぞ…と高倉健は思ったんじゃないですかね。
「最終回は死なしてくれ」と。

この「日本侠客伝 刃」は最終回として、1971年4月の公開でした。
なんと同年の10月には「昭和残侠伝 吼えろ唐獅子」が公開されます。

もう、どっちがどっちかわからんだろこれ。というか「とにかく任侠映画を」「とにかく高倉健を」民衆は求めていたんですね…。

 

5月半ばにして、残侠・侠客の両シリーズを観終わってしまいました…。

 

えーっ、とうとう「網走番外地」シリーズに!!???

 

 

 

 

ーシリーズ11作ー

第1作『日本侠客伝』1964年8月13日公開
第2作『日本侠客伝 浪花篇』1965年1月30日公開
第3作『日本侠客伝 関東篇』1965年8月12日公開
第4作『日本侠客伝 血斗神田祭り』1966年2月3日公開
第5作『日本侠客伝 雷門の決斗』1966年9月17日公開
第6作『日本侠客伝 白刃の盃』1967年1月28日公開
第7作『日本侠客伝 斬り込み』1967年9月15日公開
第8作『日本侠客伝 絶縁状』1968年2月22日公開
第9作『日本侠客伝 花と龍』1969年5月31日公開
第10作『日本侠客伝 昇り龍』1970年12月3日公開
第11作『日本侠客伝 刃』1971年4月28日公開

 

…2020年は、「仁侠ものチャレンジ」に取り組むのでござんす。
Amazonにて万事万端よろしくお頼もうします。







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