鎌倉殿の13人

鎌倉殿の13人 第5回『兄との約束』

投稿日:2022年2月9日 更新日:

 

兄、死す。

初戦を勝利で飾り「もう戻れない」段階へ進んだ源頼朝(みなもとのよりとも・大泉洋)。「法皇救済」を大義名分とし、その足がかりとして坂東を治める正当性を主張する作戦を取ろうとします。以仁王(もちひとおう・木村昴)の令旨(りょうじ)を根拠にしていましたが、この時点ですでに以仁王は死んでいるのでその効力消失しているはずです。

なのにそれを掲げているということは、「まだ田舎では以仁王の死は常識にはなってないはず!」という情報伝達の脆弱性・時代の限界に頼っていると言えるのかも知れませんね。

考えてみれば「京の法皇救済」は、一般の者にはよくわからない雲の上のこと過ぎて現実的に感じられず、それよりは「こちらに味方すれば所領は安堵するよ!一応、皇族の令旨もあるし!」っていう方が、現実的だったということでしょう。

八重(やえ・新垣結衣)が嫁いだとされる江間次郎(えまじろう・芹澤興人)。
戦いのあと、北条ヨシトキ(小栗旬)は「江間四郎」を名乗ります。これは源頼朝から江間の地を与えられたからですが、それまでは江間次郎が治めていたんですね。彼は伊東祐親(いとうのすけちか・ 浅野和之)の家人だったとのことですが、伊東の屋敷はその名の通り、伊豆半島の東側です。

「江間」は北条の西側、狩野川西岸なので、「家人」というほどずっと伊東に付き従ってたわけではないのかも知れませんよね。

ローソン 伊豆の国江間店

土地勘を信じて、素朴な感じで時流に任せて平氏側(伊東)に味方してただけの江間さん。
八重に嫌われ、地元のお隣同士だったのにトリッキーな北条のせいで敵扱いされて、殺されてしまいました。

その代わりと言ってはなんですが、「単なるご近所だっただけ」でなぜか完璧に全力で味方してくれた仁田忠常(にったただつね・ティモンディ高岸宏行)という人もいるし、やっぱり当初は「源氏に味方するかどうか」が正しいかなんて、わかったものではなかったんだろうなぁ、という感じがします。「みんな顔見知り」なのに、言ってみれば祭りで対抗心を燃やす隣町どうし、みたいな雰囲気もあったように思えますね。実はあの人のこと好きだったのに…とかもあったかも知れない。

それにしては「目指すは鎌倉」というのは、向きが逆ではないかと思えてきます。
軍事貴族である源氏の嫡男が「法皇救出」を掲げる以上、目指すのは京しかないでしょう。
北条の地を出て、別れを惜しむ間も無く「由緒ある土地」である鎌倉を目指す理由はなんだったのか。

戦いに勝ち続けていればそのまま源氏軍は西上し、京に達していたのかも知れません。

しかし伊東軍と大庭景親(おおばかげちか・國村肇)との連合軍に惨敗。300対3000ではどうしようもないですよね。その源氏軍に合流できない三浦軍。その中で、やたらクールに情勢を分析する不敵な三浦義村(みうらよしむら・山本耕史)。

彼の動静は、長く鎌倉を左右する重要性を帯びてくるんですよね。
腹の読めぬ男だ、義村。

武士は名乗りをあげて、正々堂々と一騎討ちするのが習いだった時代。
矢にすら一本一本、名前を書いて戦功と武名を競い合う時代。

夜の戦場で、北条時政(ほうじょうときまさ・坂東彌十郎)が放った「正当性」に関する口上は見事でしたね。そして挑発?

うるせえ…わがあるじは、清和天皇が第六の皇子、貞純親王のお子たる、六孫王(ろくそんのう)より七代の後胤、八幡太郎義家様、四代のおん孫・前右兵衛権佐、源頼朝殿なるぞ〜

少し軽率な感じで始まってしまった戦闘は、やはり多勢に無勢。
大庭景親の、当然のようにナメくさった態度は絶対的な彼の有利を示しており、つまり源頼朝勢は絶体絶命。

いくら皇孫の血筋であることを強調しても意味ないレベルの殺戮になってしまいました。

もう、全滅・皆殺しになってもまったくおかしくなかった負け。

大敗の報を聞いた伊豆山神社の北条政子(ほうじょうまさこ・小池栄子)が、戦場へ行ったろか!と動き出そうとした時、牧の方(まきのかた。りく・宮沢りえ)に「貴女にはやるべきことがあるでしょう!」と諭されます。この「やることがある」も、彼女の凄まじい人生を表す、重要な言葉になっていきますよね。

めちゃくちゃ危なかった

もともと石橋山付近は狭い場所で、逃げ場が少なく、山の中に隠れるしかない。
「北条頼ったのは間違いだったわ!!」とまで叫ぶほどの負け。

そこで重要なのは、勝利の酒席ですでに微妙な顔をしていた大庭側の梶原景時(かじわらかげとき・中村獅童)。

隠れている源頼朝や武士たちがやたら「武田を頼らないと…!」という議論になったのは、のちに北条時政・ヨシトキ親子が甲斐の武田まで説得に向かうからですね。

北条三郎宗時(ほうじょうむねとき。片岡愛之助)が、隠れていた味方を離れて単独で行動した理由…「兄との約束」は、もしかすると北条ヨシトキの、一生の傷とモチベーションになった…という描写でした。

しかしまだ父・北条時政は「頼朝の首を差し出せばなんとかなるんじゃないか」という認識を持ってたりして、食えぬ狸親父の一面を見せました。逆に考えると、地方の豪族たちが歴史的にずっと繰り返してきた小競り合い…当主としては落とし所を探るというのが当たり前だった時代でもあったのかも知れません。のんきというかなんというか、大庭景親にしても、厄介で面倒なのは源氏の男だけであって、北条たちはそもそも部下みたいなものですから放っておいたってどーってことはない、っていうところがあったのかも知れません。

源頼朝のクーデターが成功してしまい、その後の世の中が変わってしまっただけで。

おそらく当主・北条時政は絶体絶命の逃亡劇の中、「当主(自分)・次男」と「次期当主である嫡男」を分けたんですね。
これで、とりあえずどちらかが生き残れば北条氏はすぐに機能することができる。

 

それにしても静かで寂しい殺され方。まるで暗殺。

 

今回の『鎌倉殿の13人紀行』はここでした。

石橋山古戦場

伊豆山神社

 

 

 







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