Netflixに「バーバリアンズー若き野望のさだめ」というオリジナル作品がありました。
バーバリアンズー若き野望のさだめ
https://www.netflix.com/title/81024039
いわゆる「トイトブルクの戦い」を材に取った物語で、前に観た「バーバリアンズ・ライジング〜ローマ帝国に反逆した戦士たち〜」の第4話「ゲルマン民族の英雄 アルミニウス」と同じ、激烈な戦いがテーマです。
ローマはガリア(今のフランスあたり)を征服し、さらにその先、ゲルマニア(今のドイツあたり)へ、征服の手を伸ばします。
時は、ガリアの制服に成功したカエサルの後を継いだ、アウグストゥスが皇帝の治世。西暦9年。
アウグストゥスはヒスパニア(今のスペインあたり)も支配下に置き、当時の地球上の人口の15%(約4,500万人)を帝国下に従える、強大なエンペラーになっていました。
Netflixの「バーバリアンズー若き野望のさだめ」はドイツ語なんですね。なので「バーバリアンズ=野蛮人」というタイトルながら、「ゲルマニア側」感、すごく出てる(気がする)んです。
やっぱり「ローマもの」は、ラテン語…は無理だとしても、やっぱり英語で「ヘイ、プリーズ」とか言われると違和感があるのも確かです。いっそのこと吹き替えで観ると気にならないけれど。
征服という長期的展望
ローマ帝国からすれば「ローマ化した方が楽だし快適だぜ」という理屈を持って攻め込んで、統治し、経済圏に組み込んでしまいたいんだけど、何万年もその土地で生きてきた人らからしたら「誰が野蛮人やねん」的な、迷惑なおせっかいにしか感じないわけです。
現代に生きている我々は、現時点から過去を見てるから、「ほら、けっきょくその方が良かったでしょ?」って言えるけど、その当時のゲルマニア・ガリアあたりの人からしたらローマは「凶悪で残忍で身勝手なエイリアン」でしかないですからね。
2,000年経ってるけどやっぱりゲルマンの地(血)から見ると、「古代ローマもの」に関するドラマは何か、滾(たぎ)るものがあるのでしょうか。幕末のドラマに日本人が、決して画一的な感情を抱かないのと同じように(鹿児島の人と会津の人が同じ気持ちなわけがない、という意味でね)。
ローマから派遣されていたゲルマニア総督・ウァルスは、第17軍団・第18軍団・第19軍団・補助兵6個大隊・同盟軍騎兵3個大隊を率いていました。
ローマ兵は、勇猛で智謀に長けたゲルマニア連合軍の巧みな戦術で黒い森に誘い込まれ、激しい雨の中、約2万人が死にました。総督ウァルスも自害。
敗戦の報を受けて皇帝アウグストゥスは、「Quintili Vare, legiones redde!」と叫んだそうです。
この強烈な敗戦と全滅で、ゲルマニアへ攻め込むどころか防衛戦すらなくなってしまい、すでにローマ帝国の一部と化していたガリア(今のフランスあたり)は、「いつゲルマンが攻めてくるかわからんぞ」という恐慌状態になってしまいます。
次の年、ティベリウスという人がゲルマニア総督として派遣され、のちにこの人が2代目皇帝になります。血筋もありますが、「ドイツあたりをなんとかした」という軍事的な功績は、貴族たちをも黙らせる隠然たる力を持つことにつながっていったのでしょうね。
その後、ある程度の成功をおさめ、ローマ帝国はゲルマニアへの侵攻を永久に取りやめます。
ライン川を国境として、もう攻め込まなくなります。
それが今も、フランスとドイツの国境線になってるんですね。
もっと先を言えば、ゲルマン民族が後ろから別の民族に攻め込まれ、追われるようにローマ内に侵攻して、それがきっかけでローマ帝国は崩壊するんですから、わからんもんですねえ…。
暗黒の森での戦い
この「トイトブルクの戦い」がゲルマニアにとって大成功となったのはケルスキ族・族長の子、アルミニウスがローマ側に連れ去られた(ローマ化のために「留学」と称し、養子にした)ことがキーになっています。
カエサルがガリア制覇でやったように、ゲルマニアに対しても「クレメンティア(寛容)の精神」をもって、戦って殺し合うよりも通商と交渉で、じんわりローマ化していこうという戦略を取ったんですね。
とは言え、攻め込まれて降伏させられる方からすれば、やっぱり「これの何が寛容やねん」っていう話で、子供を人質にまでとられ、納得なんかできるわけがない。納得できて恩恵を感じているならば「トイトブルクの戦い」は起こらないわけですから。
複雑な生い立ちで育ってきた「半ローマ人」であるアルミニウスは、騎士となってゲルマ二アに派遣されます。「ゲルマン人をよく知る立場」として活動し、でも馬鹿にされながらローマ兵として、責務を果たします。
しかしアルミニウスは、故郷の誇りを、忘れていなかったのです。
ローマの大軍が進行する編隊を細い山道に誘い込み、分断する作戦を提案。
彼はローマ兵として生きてきたので、ローマ軍の動きや予定などを、完全に把握することができたんですね。
片方が急斜面、片方が沼という狭い道を進ざるを得なくなったローマ軍を、15,000人が急襲。
先述のように、ローマ軍は壊滅。
アルミニウスはその後、ゲルマン民族の統一までは叶わず、戦いの中で死にます。
Netflixの「バーバリアンズー若き野望のさだめ」には、ヒストリーチャンネルの 「バーバリアンズ・ライジング〜ローマ帝国に反逆した戦士たち〜」と違って、濃厚な「ドイツ側視点」が盛り込まれていました。
ローマ側からすれば「未開で不潔でどうしようもない野蛮人」だったバーバリアンたちも、人間であり生活があり、熱情があり信仰がある。当たり前だけど、和解不能な相手を「野蛮」と規定した瞬間、「相手も人間である」という基本がすっ飛んで行ってしまう。
両作品に通底する「バーバリアン側からの視点、忘れるるべからず」な主題は、今の民主的な社会においても、意味を持っているということですね。
人間の本性は、変わるものではないから。
翻って思い出してみれば、今に至って完全に団結などできてないヨーロッパって、ほんと、なんなんだろう。
ちなみにまだこの時、キリスト教は生まれていません。
が、「人間は神の救いを、自分の意思で拒絶することができる」とする「可抗的恩恵」を含むアルミニウス主義の名前のもとになったヤーコブス・アルミニウスと同名であることは、単なる偶然でしょうか。単なる偶然でしょうね。
【Quintili Vare, legiones redde!】
(ウァルスよ、我が軍団を返さんかいッ!)