見たもの、思うこと。

差別は、誰がどうやって作るのか。『イノサン』。

投稿日:2018年2月10日 更新日:

イノサン Rougeルージュ 6 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

絵が美麗すぎて、物語が頭に入ってこない級、と言っても過言ではない(最大の賛辞)のです。本当にすごい漫画です。
知らないと損する級。
1ページごといや1コマごとにすべてが、額に入れて飾れる級。
ずーっと「絵画を使って物語が進んで行く」と言っても良いくらい級。
それくらい級。

あらゆる表現方法を用いられ、現代的な工夫も凝らされた現代芸術、にまで昇華しています。
「漫画」などと一括りにして、単行本でちまちま読んでる場合じゃない。
巨大な版で「画集」として流通すべきものだ!と言いたい。

画集とか、出てないのか!!

イノサン→イノサンRouge(ルージュ)へと、続編も描かれています。
「イノサン」は「イノセント(innocent)」ってことですね。フランス語。

「あぶさん(水島新司・作)」という感じではない。
人名ではないのです。
でも主人公は「サンソン」なので一瞬それっぽい。

ちなみに「ギロチン」は英語です。
フランス語では「ギヨティーヌ」。

王妃マリー・アントワネットのギロチン処刑(1793年10月16日)
※Wikipediaより

 

フランス革命は1789年、と習いました。

もちろん、その前から火はくすぶっていた。
政治的、制度的に無理があった。
たった2%以下しかいない王侯貴族が、98%の平民を横暴に支配する世界。

貴族は、税すら払わなくてよかった。
生まれで、すべてが決まった時代。
爆発しないわけがなかった。

日本では寛政年間です。
もう少ししたら幕末へ向かっていこうか、くらいの時期ですね。

田沼意次が何とか経済を大胆に立て直そうとしたんですが理解できない松平定信がそれを全面的に否定し失脚させて「寛政の改革」を断行した。

はっきり言ってあんなのぜんぜん改革でもなんでもないので当然大失敗して破綻、幕末〜徳川時代の終焉へ〜の引き金を引くことになった。

フランス革命といえば何と言っても「ベルサイユのばら」が有名ですよね。
歴史漫画の金字塔。

有名どころか、フランス革命の話はしゃべってると「ベルサイユのばら」の絵で脳内再現されてしまうほど。
それくらい、強烈な印象があります。

 

『イノサン』は「ヴェルサイユの黒ばら」と呼んでもいいような作品。

でもアニメ化はされないんでしょうね、なぜならモチーフが、あまりにも残酷すぎるから。
処刑人から見たパリ・ヴェルサイユ・王宮・貴族・王権、そして時代。

原作、というか原案になったのは、安藤正勝氏のこの新書です。

『死刑執行人サンソン 国王ルイ十六世の首を刎ねた男』。

副題でもう、すべてが説明されているかのようですがこの時代はギロチン(ギヨティーヌ)が有名。
その発明・公式採用で、飛躍的に効率よく処刑ができるようになったんですね。

それまでは罪状・量刑・性別・身分によって、随分と手間のかかる死刑が行われていた。

帯には、荒木飛呂彦先生が!
そうか!ジャイロ・ツェペリは…!!

世襲で国王直属の任務とされていた処刑人。
思い出すのは「山田浅右衛門」ですよね。
江戸で首切り人といえば山田浅右衛門。

この名前は世襲され、ちゃんとした仕事なのに「浪人扱い」だったそうです。

 

それはなぜか。「死穢に触れる仕事」だからです。

「死穢(しえ)に触れる」、穢(けが)れた仕事であるから、公的な扱いはしない。
「無いこと」にされてるんですね。

その代わり、というのもなんだけど、ちゃんと、大きなお金が支給されていました。
江戸の山田朝右衛門は3万石の大名に匹敵する収入を得ていたとも言われています。
1万石の旗本でやっと形式上のお目見え(将軍に直接会える)が許されていたのですから、いかに多かったかがわかりますね。
しかも処刑された罪人の肝臓を漢方業者に売ってたからえらい儲かってたとかなんとか…。

サンソン家も、貴族並みの生活ができるほどの収入だったそうです。

『イノサン』は前掲の『死刑執行人サンソン』に登場した史実に沿ったエピソードを細かく、前後の入れ替えはもちろんあるもののほとんど素晴らしく網羅されていて、だからこそ深みがあって重い。

事実だからこその展開を受け止めるしかない読者の心苦しさが、美麗すぎる絵であるからこそ緩和もされつつ、猛然と醸成されます。

・ジャン=ルイ・ルシャールの処刑に当たっての騒動
・ラリー・トランダル伯爵の処刑
・首飾り事件
・ラ・バール騎士の立ったまま斬首

…など。

これ普通に「ベルばら」的な漫画だったら良かったのに…とすら思うほどです。

主人公、シャルル=アンリ・サンソンと悲劇の国王ルイ16世の関係は、フィクションになっているようですね。
実際は年齢差が15歳もあるし(サンソンが上)、会ったことも3回しかない(最後は斬首時)。

そこに、バラ要素(先述のヴェルサイユのばら、とは別の「いわゆる薔薇要素」が乗っかってくる。

それがルイ十六世とサンソンとの関係性…。
隠微で香(かぐわ)しい、秀麗なBL要素。

 

まさかそこに、薔薇だけでなく百合要素も乗っかってくるとは…。

そう、キャラ創作といえば、シャルル=アンリの妹、マリー。
これって創作、ですよね。

あまりにも自由で、あまりにも激しいマリー。
「ベルサイユのばら」では、あまりの美貌でアンドレもメロメロ、男装の麗人・オスカルが主人公ですけど、我らが『イノサン』もう一人の主役と言っていいマリーは、悲劇の王妃と並んで「もう一人のマリー」と呼んでいいほどの存在感です。

サブタイトルを「二人のマリー」にしてもいいくらい。
彼女が放つオーラと狂気は、今後も革命後のフランスで、異彩を放ち続けるのでしょうね。

この作品は、テーマがテーマ、描写が描写だけに、あまりおおっぴらにテレビでとか、紹介されてないんじゃないか?と心配になります。

大丈夫なんでしょうか。
私が心配しなくても、大丈夫なんでしょうけど。

 

死関連の差別は続く

それにしても「死」にまつわる仕事師に対する、強烈な差別。
洋の東西を問わず、罪悪感も問えず、現代に至るまで、それは厳然と存在しています。

社会に絶対に必要なものであるにも関わらず、差別する一般人。
その差別感覚が、まるで社会の通念になっている。

2008年、映画「おくりびと」が大ヒットしましたが、葬儀・葬送に関してすら、我々はまだどこか「忌避」の感覚を強く持っていることに気付かされます。そういえばあの主人公(本木雅弘)も、かなり悩んでいましたね。

処刑人サンソンの一族は、専制君主である王から命令されて刑を執行している、法に基づいた正義の機関だという自負がある。

でも、その命令主体であった王(ブルボン王朝十六世ではなく罪人、ルイ・カペーとして)そのものをギロチンにかける任務が回ってきたとき、この役職に、どういう意味があるのか、が、それまでの懊悩と濃厚に混交し、精神に強大な負担としてのしかかったきたものと思われます。

ギロチンは、「人道的な道具」として開発され、なのに斬首の数は、そこから飛躍的に増加した。

ちなみにフランスが死刑そのものを廃止するのは、1980年代です。
先進的に死刑廃止を訴えていたはずの革命家・ロベスピエールですら、結局ギロチンにかけられている。

社会秩序として必要なものであったにも関わらず、フランス市民は死刑執行に狂気し、欣喜し、喝采を送っていたにも関わらず、サンソン家の人間には触れることすら忌まわしいと避けていた。

いまだ日本人だって、最愛の肉親との別れ、敬愛すべき先人を送り、哀惜の念を感じながらも、帰宅すると「不浄を祓わん」とばかりに塩をふる…なんなんですかね。

 

それは誰目線なんだ!?

死・血・葬にまつわる「禁忌」「タブー」は、宗教的な教義と歴史的な伝統・教養として正当化されているように感じてしまいますが、これにはいつだって「それは誰目線なんだ?」という論点が抜けているように感じます。

中世、またはそれ以前、そんなタブーが醸成された時代、常に社会規範を決めるのは王族・貴族・僧侶などの上流階級でした。
それは日本のフランスも変わらない。

「触らなくて済む」人たちが、ルールを決めて、見ないようにしていた。
血なまぐさい仕事は身分の低い人間に任せて「無いことにして」、歌を詠んでいれば良かった。

でもいつしかそれは破綻せざるを得ないんですよね。
所詮、小さな世界に閉じこもってるだけの価値観でしか無いから。

時代が進み、人口が増え、いろいろな技術に革新が起こると、「この制度、この決まり、このタブー、おかしいよ」ということになる。

今も、現に、「死・血・葬」にたずさわるお仕事をされている人に対して、間違った差別意識を持っている人って、たくさんいるんです。
これって、「あんた、いつ時代の、どこ身分の、だれ目線でモノ言ってんの?」とハッキリ指摘してあげて良いことだと思うんですよね。

食肉処理に関しても、いつも思います。
当たり前みたいに「ここはロース!肉バル最高!」とか言ってるくせに感謝も想像力もなく、牛の屠殺の動画を見たとたん「それ以来、しばらく肉食べられなくなっちゃった」じゃねえんだよコノヤロウ。

 

今も死刑は。

人間の処刑に関して、現在の日本では「誰が押したかわからないボタン」を、担当の刑務官数人でいっぺんに押すんだそうです。
それで、責任感を回避するんですね。
どこだったかの銃殺刑も、4、5人で撃つライフルの数丁は、空砲になっているのだとか。

法に従う職務だとは言え、人を死にたらしめる役割には、それくらいの精神的な重圧がのしかかるんですね。

想像しかできないけれど、それは今でも、公務の範囲を超えた苦しみを、生んでいるのでしょう。

いわんや18世紀、世襲で職業が固定されたフランス。
逃げようもなく続けられる処刑に、サンソン家の人たちはどんなにも苦しんでいたことか。
罪人とは言え人間に死を、同じ人間が一方的に与えて良いものなのか。

 

現代に生きていたら、サンソンたちは何を思うんでしょう。
「え、まだやってるの?死刑?嘘でしょムシュー?」とか、言われてしまうのかも知れませんね。

 

 

 

イノサンRouge ルージュの第一話、無料で読めます。ハマりなはれ。

集英社 グランドジャンプ公式サイト
 http://grandjump.shueisha.co.jp/manga/innocent-rouge.html

 

 

 







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