自論構築過程

中身で外見を当てられる人が、いたらそれこそ

黒坂岳央さんという方が論考を書いておられました。

「人間を外見で判断する人はバカ」というバカな人
http://agora-web.jp/archives/2035096.html

面白く読ませていただきました。

これって、竹内一郎さんのベストセラー「人は見た目が9割」でも有名になった、「外見、そして中身」の問題ですよね。

「外見」は「ガイケン」とも言いますし「ソトミ」とも言うことありますよね。
「外見」に対して「内見」とは言わない。「ナイケン」、だとお部屋を今度の日曜に不動産屋さんと見てみようかしら。キッチンはシステムキッチンかしら、みたいな感じになっちゃう。「ウチミ」だと「いてて、なんであんなとこで打つんだ俺はアホか」という感じに。

つまりそもそも最初から「内側(中身)は見えない」って、わかってるという話、なんですよね。

先日、馬田イスケさんのイラストがバズってまして、確かにこれを見ると、そのまま

この絵の人物は同じ人、つまり「外見は違えど、中身は同じ」です。どうでしょう?右の格好した人からお薬を受け取りたいと思う人がいるでしょうか?100の言葉を並べるより、1枚の画像から伝わるこの破壊力の凄さです。(黒坂氏)

というのはわかります。

だけどネット広告なんか見てると、左のお医者然とした姿の人(肩書きもそうだったりする)が、ものすごいニセ科学の片棒担いでたりして、はっきり言って外見で信用できるのは「ある程度だろう」と判断ができます。というか右の格好してる人が、左と「同じ顔」になるわけはないんです。覚醒剤売ってる奴は、やっぱりそういうオーラ、出てますよね。

だいたい、上のイラストだと「表情」含めての「服装→外見」が中心だけど、「そこ、どこなの??」もかなり重要ですよね。右の開襟シャツでパンチパーマのおじさんが東京慈恵会医科大学附属病院の診察室にいても、「ちょっと困ります」って思いますかね??

逆に左の、聴診器ぶら下げて白衣の紳士である人が、夜の歌舞伎町の路地で同じこと言ってたら、

右の格好した人からお薬を受け取りたいと思う人がいるでしょうか?

は、左右逆になるんじゃないのか??

で、黒坂さんの論考は、「一流の人ほど」論になっていくんです。
これって、わかります。パテックフィリップ(Patek Philippe)ね。

こういうのをAmazonでさっと買う人がいるとも思えないけれどw、出品はありました。

¥20200000??いくらだこれw

しかもすでに、これで¥2458400 (11%)オフ!!

そりゃ、これを腕に巻いてる人は「タダモノではない」とは思いますよね。
まず我々には、パッと見てそれがパテックフィリップだなどとは思えないけど。

私はこの「一流の人」って、人を引っかける時にもよく使われる、詐術的な用語だなーと思うことがあります。一流って、すごい人のことですよね。だけど、「一流にならねばならない」という文脈で語られると、一流と目される人のやっていることは全て、見習うべき正しいこと、とされます。いえ、ある意味でそれは本当に正しい。十四流、みたいな考えしか持っていない脳で、いくら考えても上昇には役に立たなくて、それなら一流の猿真似をしてみたほうが、九流とか八流くらいまでには昇っていけるとっかかりが作れそう、という意味において、です。

一流の人は、付き合う人もそのクラスの人が多いので、それを見栄と言ってしまえばそうですけど、ビジネスや交流の「よすが」として、高級品を持たざるを得ない。いくら「フォルムとして性能として、スズキのジムニーが好きなんだよ〜」と言っていても同クラスの社長が集まるゴルフコンペには、ベンツに乗って行かざるを得ない、みたいな。

こう言われると「そう、だな」と納得してしまいますよね。

だけど、全然そんなことない、クルマや時計や食器やお菓子やマンションなんかで決めることのできない「一流の人」、たくさんいますよね。それらを「くだらん」と一蹴する人。

一流の人を「一流の道具」サイドから語ろうとする時、やっぱりそれを書いている人が、「一流のその感じに憧れていて、そうじゃない人との中間くらいに立って、下に向かって何か言いたい」みたいな、余計な策のような、欲望のようなものを感じてしまいます。

我々はたいてい、パテックフィリップの名前を出されるとビビりますからw、その間に言いたいことを刷り込んでしまおう、という風味がどうしても感じられる。

黒坂氏の記事タイトルの

「人間を外見で判断する人はバカ」というバカな人

は、外見で判断する以外でどうするんだ、外見は中身を表す重要なファクターであり、外見でまず判断されなければ中身の判断というステップまで進んでもらえない、という事実を端的に表しておられます。

だいたい、やっぱり中身は外見に現れてしまうような気がしますよね。
だらしない人が、身だしなみだけ異常にビシッとしているというのは絶対にないし。

だけどじゃあ、あの、就活生のみなさんの「ゾゾ就活スーツっていうのがあるの?」とか「ゾゾ美容院があるの?」と思わんばかりの、同型・同色のスーツ、髪型はいったいなんなんです?

あれって「外見」と「中身」の価値判断が、いったん裏返ってますよね。
個性を中身、だとすると、まず中身を見たいので、外見をまず、統一して(約分される感じで)消して来てくれ、みたいな。

その意味で、「お前らそれぞれの個性とか好みとかなんか知らん。知らんし要らん。決めるのはワシら」という企業の論理がわかりやすい。

…ということは、「外見」って、中身たる自分が、「どう思われたいか」を恣意的に決定できる、とてもわかりやすく使いやすい「ツール」だ、ってことですよね。

すでに様式美、とまで言えるほどに典型化した「パンチパーマ」は、チンピラとかヤクザっぽく思われたいなら「お願いします」と理容で言えばいいし、あの人は真面目な人だ、と思われたければ、それなりのオーソドックスな格好をすればいい。眉毛もそれなりに仕立てればよい。

外見なんか、自分でコントロールできるんですし、言ってしまえば「どう判断されるか」を、自分で決められるものなのです。

なので「外見で判断された!」と、ネガティブにとらえている人が、まずおかしい。
どうとても出来る、と考えないといけない。

人間を外見で判断する人は、本人が「こう判断されたい」と思っていればその通りに判断するのだから、バカではないんです。

一番のバカは「判断されたー」と嘆いている人でしょう。だって生まれつきや不慮のこと以外、自分でどうとだってできる(た)はずだから。先天的なことだって、有利に変える仕掛けはあるはず。

なので、

「人間を外見で判断する人はバカ」という人のことを「バカな人」と断じるのもまた、ちょっとだけバカなんじゃないの、と思ってしまったのでした。

いや、どっちかというと「ビジネスシーンにおいて」みたいなことの文脈では「知るか」みたいに思うことのほうが多いんですよね。だいたい、時計がどうだのシェイプアップがどうだの、まずどうでもいいだろそんなの。

 

 

だけど、「外見と中身」は、考えておいて損はないことなんです。

自分にとって、「中身とはなんだ」を考えることになりますから。
「名は体をあらわす」なんて言いますが、「名」も「外見」でしょう。ということは、で「体(タイ)」は外見なのか、機能(中身)なのか。もっと奥底の、存在そのもののこと、なのか。

氏名や肩書きで、自分のは、どこまで表装されているのか。
外見を取り繕うことで、中身が補完されることはないのか。
また、その逆の影響とは、どんなものか。

中身を極めたお釈迦様が、そしてそれを目指す比丘たちが、布一枚でいるのは何故なのか。
「外見が立派なら、中身も」論は、そこでどう崩れ、どう弁解されるのか。

考えたらキリがない、ことはないんです。
実生活のどこかで、見切りをつけて、決めることになるから。

今のところ、私はこう考えています。

外見で、他人を決めるつけると自分の面白みとしても少し損はする。でもたいてい、外見と中身はそんなに極端に変わりはしない。だけどこの外見は、この人が他人にこう思われよう、そういう予断を持ってもらおう、という戦略で形作られているんだ、とまずは思おう。日比谷線で、この人、六本木で降りていくだろうな…と思う人は六本木で降りていく。そしてそこに生まれるギャップこそが面白い、と。清潔感命、と。

 

 

 

そういえばこの2冊は未読だった。読もう。

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