ヒーローに関する「ユニバース」という考え方。
ミス・ユニバース。
ってなんでしたっけ。
ちょっとぼーっと考えたけど、誰一人として優勝者とか日本代表とかのお顔が浮かんでこない。なんだか出場者の人とかみんな、やたら我が強そうでなんか怖い印象。
ああ、第一回の日本代表が、萬田久子さんなんでしたっけ(1978年)。
ヒーローの集う時代
公開中の『アベンジャーズ・インフィニティ・ウォー』を観ました。
サノスのことを私だけは一人で勝手に「佐野さん」と呼んでいることは内緒です。
昔はバロム1でもキャシャーンでもテッカマンでも、ヒーローは一人きりでした。
快傑ズバットもそうだし、いたとして兄弟、キカイダーとキカイダー01とか。古いな。
快傑ライオン丸も仮面ライダーもウルトラマンもテレビ版デビルマンも、原則として“孤独な戦い”を強いられていた。
その孤独がこどもごころにはカッコよかったし、「正義の完遂は、孤独なものなのかも知れん」という思いを抱かせていた気がします。
でもヒーローは、「みんなで戦う」時代になったんです。
豪華競演、が当たり前の世界に。
なんでしょう、「そうは言ってられない」という世相、なのでしょうか。
なかんずく、「世界に」。
ここが大切です。
よく、「あの◯◯が、本人役で登場!」みたいなドラマってあるじゃないですか。
一番印象に残っているのは、「古畑任三郎」にイチローが出演した回。
懐かしいですね、2006年。
これだ。
この回に、世界のイチローさんは「イチロー」として出演してるんです。オファーを承諾する際にイチローさんは要望として、「フェアであること」「嘘をつかないこと」「直接的な殺害方法をとらないこと」の3つを提示したそうです。それがそのまま、サブタイトルになっているんですね。知らなかった。
で、何を言いたいかというと、「イチローは本人」なんですよ。
メジャーリーガーとして、トップアスリートとして活躍する人。で、このイチローには、会おうと思えばわれわれは会えるんです。現に、思い出しましたけどある都内の喫茶店でお見かけしたことあります。「あ、イチローだ」と思いました。
で、このドラマの中のイチロー(イチロー役)は、あの刑事と対峙する。古畑任三郎です。ドラマの中の「イチロー」は、あの人のことを「古畑任三郎としか認識できない」んです。田村正和、はいない(先ごろ引退を表明されましたねえ)。
ドラマの中のイチローは、この地球上で、「田村正和という俳優はいない世界」に生きているんです。もちろん、「西村雅彦さんもいない」。そういう世界。そうでしょ?
『オーシャンズ12』でもジュリア・ロバーツがジュリア・ロバーツ役をやる、というややこしい設定がありましたが、そうなるとそのジュリア・ロバーツは、俳優であるジョージ・クルーニー、ブラッド・ピット、マット・デイモンなどがいない世界、に生きているということになりますよね。そう言わざるを得ません。
それが「ユニバース」ってことです。
つまり「そういう世界」。
パラレルワールドと言ってもいいですね。
例えば今やってる戦隊モノは『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー』だそうです。そんなことになってるの?
彼らには共通の敵・「犯罪集団・ギャングラー」がいるそうです。
これは、「この世界の敵」。いわば「ルパパト・ユニバース」のお話でしょう。
で、一つ前の「戦隊モノ」、『宇宙戦隊キュウレンジャー』の敵は「侵略者・宇宙幕府ジャークマター」というそうです。この2団体、混ざるとややこしくなりますよね。
「ギャングラー」と「宇宙幕府ジャークマター」は、共闘しなさそうだし。
なので、1ユニバースに1敵。
これは原則だったんです。
だけど、マーベルは世界観を映画で統一して、超絶つじつま合わせを開始し、伏線を貼りまくりそれを回収しまくり、全員が出れる世界を作り上げた。
関係性やライバル感なども出して盛り上げ、共通の敵に立ち向かうモチベーションを高めた。
これが『アベンジャーズ・インフィニティ・ウォー』へ繋がってきたんですね。
対するDCコミックもユニバースを形成し、『ジャスティス・リーグ』を作りました。
こちらはスーパーマン・バットマン・ワンダーウーマン・アクアマン、などが登場する。
バットマンなんて、「ゴッサム・シティ」という架空の街(つまり閉じた世界)のヒーローだったのに。
こういう手法(というにはあまりにも壮大な企画)が、どんどん出てくることは予想されていました。
言ってみればのび太くんの住む町内を歩いてるとオバQに出くわしパーマンも空飛んでて屋根には忍者ハットリくんがいてもうちょっと行くと怪物くんの家がある、みたいな感じ。
で「なんだこの町は…」とか思ってると正面から黒い帽子のカバン持ったおっさんに「ドーーーーーン!!!」とかやられる世界。
そういえばドラゴンボールの中に、ちょっとだけペンギン村が出てきてアラレちゃんが出てくるシーンがありましたよね。
どんな漫画だろうとアラレちゃんが出てくると崩壊するので、それっきりでしたけど(後に「ドラゴンボール超」で再度登場してる)…。
さて、前置きが長くなりましたが、Amazonプライムで『ザ・マミー』を観たのです。
違う、これは「マミー」。私が観たのは『ザ・マミー』。
主演はトム・クルーズ。
なんの予備知識もなくいつも映画は観るんですけど、なんか違和感あったんです。
いえ、面白くないわけではない、んですけど、どうも…こう、どこか、曖昧な感じがする、というか。
トム・クルーズでなければ完全に「B級」の烙印を押されてるぞ…?っていう感じがプンプンする。
いやぁ、トムは、ニコラス・ケイジじゃないんだからなんでもかんでも主演したりしない、でしょう??
なんなんだろう、この感じ…しかも、ラッセル・クロウまで出てる!?
おかしい。
この感じ、配役、おかしい。
どうも「設定の説明」を、ものすごく兼ねている感じが、したんです。
そうこうしているうちに、その謎が解けました。
この『ザ・マミー』は、「ダーク・ユニバース」と呼ばれる、いわば「恐怖のパラレル世界」の、一環だったのです。『ザ・マミー』は1933年のホラー映画「ミイラ再生」をリメイクしたもの。
予告にはもう、書いてありました。
この後、「フランケンシュタインの花嫁」、「透明人間」、「狼男」と続いて行くはずだったんですって。
その主演は、ジョニー・デップだったり、アンジェリーナ・ジョリーだったりのスター達の予定だったんですが、白紙に戻りまくり暗礁に乗り上げまくりで頓挫しているそうです。
ユニバーサル・ピクチャーズの構想では、これらは大スターを揃えてマーベルにも対抗しうる企画だったようです。
スターが勢ぞろいした(だけの)集合写真まである。
ユニバーサルの「ダーク・ユニバース」わずか1作で終了 リブート版「透明人間」は新たな方向で
https://eiga.com/news/20190201/11/
公式サイトも、ある。
DARK UNIVERSE
http://www.darkuniverse.com/
折り合いがつかないことって、そこまで進んでても、あるんですねえ。
だから『ザ・マミー』が、なんだか投げっぱなしの印象を放っていたんですね。
この後、おそらくニック(トム・クルーズ)は他の映画にも出てきたりして、解決の手助けをしたり恐怖から逃げたり、それは名優ラッセル・クロウも同じだったでしょう。
彼は彼で、この「ダーク・ユニバース」の一端を、「ジキル博士とハイド氏」という難解な役どころで担っているし。
ユニバースの一端だと思えば、『ザ・マミー』はぜんぜんスベってないわけです。
単体と見なすから、「なにこれ」って思う部分もある。おそらく伏線となる登場人物とかも、いたんだと思いますよ…もう見返したりは…しないけれど…。
ユニバース構築には、入念な構想と原作の理解、さらに緻密な伏線とその回収、そしてなにより、それを実現させる資金力とカリスマ的なプロデュース能力、が必要なんですね。
それを考えて改めて思うと、マーベルはすごいや。
Amazonプライムは、入っておいて損はないよね