自論構築過程

ゾロ目をすごいと言うのをそろそろやめる宣言

投稿日:2018年3月23日 更新日:

 

数字というのは、とても不思議ですよね。

とてつもなく不思議です。
なんの意識もしなくても、そう、「なんの意識もしなくても」と書くだけで11文字。「11」という数字が、引きはがせないように絡みついている。

これって、ものすごく不思議ですよね。

たとえばリンゴをまっぷたつに割る。
「まっぷたつ」という表現には「やってやったぜ」というような、「ヤンチャな俺」が含まれてしまうような気しますがそれは置いておくとして、リンゴを2つに。

包丁を入れるのは1回。
それで、2つになる。
当たり前のことを延々書いて行くだけになりかねませんが、改めて考えるとむちゃくちゃに腹たつほど、数字って不思議です。

リンゴも、包丁も、「切る」も、「食べたい」にもぜんぜん関係ないのに「2」とか「1」とか、まとわりついているでしょう。

「俺が食べたいのはリンゴだ。」にはなんだか「俺が食べたいのはリンゴ1個〜2個だ」という意味すら乗っかっている気もする。

英語ではリンゴは通常、基本的に「apples」と複数形で表記されますよね。
日本語では「リンゴ」なので、それが1個なのか2個以上、なのかわからない。

 

数字は、実はこの世のどこにもない。

ないけど、ある。
「5秒前!4!3!」なんてカウントダウンを聞くことがありますが、その「5秒前」っていうは、スタートから逆算しての5秒前ですよね。

ということは「5秒前!」と叫ぶ1秒前は「6秒前」だったわけで、しかも正確ですらない。まだみんな家でスヤスヤ寝てる時間には、36000秒前、とかだったりしたわけですよね…もうほら、ちょっと考えただけでケタの大きな数字がどんどん出てきてしまう。

普段それを意識せずに済んでいるのは、数字が単なる「概念」であって、便利に使える利用法だから、ということに過ぎないでしょう。

地球が丸い以上、それを真っ二つにしてみたら…みたいなところ(2つになる想像)、あたりから本格的に数字について考え始めたのかな人類は…とか思ったりしますが、本当はもっと昔ですよね。

俺、お前。
もうこれで「2」っていう考え方ができる。
で「あれ、んであれ」でさらに2。

木の実を数える必要がある場合には、それだけ数字の名前も必要だったでしょうし。

おそらく上に書いた「apples」と「リンゴ」の複数形の問題は、取り合わなくてはならない環境だったかどうか、も関係している気がする。

最初から複数形で表すということは、分担とか割り当てとか「なんでも人数で割る」みたいな、資源に対する峻厳な態度が感じられる。
ざっくり「リンゴ?あるよ」というのんびりさが無い。
そう想像します。

10人家族で一人あたり木の実5個ずつくらいしか収穫できず、イノシシとか鹿もそんなにいっぺんに捕まえることはあり得ないような環境では「1000」とか「10000」とかいう数字には意味がない。

それは我々が今、「垓(がい)」とかいう単位の話を日常でしないのと同じですね。
垓(がい)は京(けい)の一個上、だそうです。

つまり数字は、必要性と、理論上そうだよね…という話を進める上でだけ必要なものだったりする、ということでもある。

今までとこれからの、フリスクの合計生産個数(つぶ)は京(けい)とか垓(がい)とかに到達するのかも知れないし、海の、波の回数となるともっと大きな数になるかも知れない。誰も数えないだけです。そして0も、無いんだから必要無い考え方、だったんですね最初は。

無いものを数えるなんて贅沢、その日暮らしの人類の生活には、必要なかったはずだから。
無いものが見える天才にしか気づけない、概念の世界。

「ある、から始まる」のが1からの世界。
「無い、から始まって1になる」のが0からの世界。

 

1+1って、2なのか?

1+1=2、って当たり前に私たちは丸暗記して覚えてます。
これを覆すことはできないとされていますが、よ〜く考えてみると、ここに出てくる「1」って、なんなんです?

リンゴでもなければ、木の実でもない。なんでもない「1」って何?
それを足す???

「1」は確かに、こう書くと1個(1本、とも言える)あるけれど、それと同じものが出てきて、「足す」と「2」になる…????

改めて考えるとよくわからなくなってきますよね。

「1」や「2」は「概念」なんですよね。
「そういう風に、考えましょう」という決め事。
まず「1」をそういうこと、として決めておかないと、「2」もない。

だから誰かが「1+1=4です」と言い出したら「ああ、つまり1は2ね。バイクのタイヤの数かな?」と考えることができる。
「概念」というのはそういう意味です。

なぜ数字のことをこんなにしつこく(しかもあまり有益でないかのような角度で)書くのかというと、あまりにもあっさり「9999」とか「333」とかに、車のナンバーを変えているな、という人を見かけるので、しばらく考えたことがあったんですよね。

 

なんで、そんなことにしてるの?と。

急に知的レベル下がったみたいな話に突入します。

たとえば、車のナンバーを「自分の誕生日」にしてる人っていますよね。
あ私の母親も確かそうだった。

なんで?と聞くと「覚えやすいから」と即答されました。

あそう。
と納得しかけたけど、いやいや、じゃあ誕生日はどうやって覚えてるの!?って思うんです。

自分の誕生日は「自分の誕生日だから」っていう理由で覚えてるんですよね?
1月1日とか12月25日とかで無いかぎり、覚えやすさのレベルはどの日も同じはず。

じゃあ「自分の車のナンバーだから」っていう理由で、ランダムな4ケタの数字も覚えればいいんじゃないの??

実生活の中で「覚えやすいから」ってすごく合理的だったりもするので特に反論とかはしないんですけど、それは自動車のナンバーについてだからであって、たとえば銀行のパスワードとかあらゆるセキュリティに関して「自分の誕生日、ダメ、ぜったい。」なのは常識、ですよね。…うちのママン、大丈夫かしら。

で、覚えやすいの域を超えてますよね、「9999」とか「333」とかのゾロ目ナンバーは。
確か5,000円とか別に払って、自分の好きな数字を選ぶというのが車両登録の時に可能なんですよ。偶然であのナンバーになったんならこれはもうとんでもないすごいことですけど、ならないようにしてある。

こういうところが取り仕切っているそうです。

一般社団法人 全国自動車標板協議会
https://www.kibou-number.jp/html/GCAA0101.html

人気のある数字は抽選です。
なんか同じ地域で取り合うのって、ギスギスしそうで嫌だなぁ…。
あ、またあいつだ…しかも同じ車種…チッッ…とかなりそう。

とにかく、けっこう見ますよね、ゾロ目ナンバー。
かなり前には、「今日はゾロ目を見たらラッキー」だと思ってたんです。

確かに、数字な並ぶことには特別な意味があるし「縁起の良さ」「エンジェルナンバー」などというのを意識することは、特にスピってるわけではなくとも、やはりある一定の精神的な効果はあると思います。
「おっ!!」て思う。

ただ、自動車のナンバーの場合、「自分で勝手に選べる」上に、どういう人らがそれをやっているか、まで考える必要、少しだけある気がしてきたんですよね…。

 

たとえばポルシェ911カレラ。

かっこいいですねえ。

この車のナンバーを「911」にしてる人、けっこう見ます。
うん、それはなぜでしょう?
「だって911だから」っていう説明は聞きたくないので、微笑ましいことだという気持ちに即座になろう、なるべきだよ!といつも口角を上げる努力をします。

高級車、フェラーリとかに「1」とか、ちょっと目立つナンバーを取得している人も多いですよね。気持ちはわかります。

特別な高級車ですし、もうそれを買えるくらいの人にとっては希望ナンバー取得の5,000円とかはもう誤差の範囲でしょうし、好きな数字を選んで所有欲をパンパンにすりきり一杯まで満たすのだ!という気持ちは、想像できますよね。

問題は「そう高級でもない、普通車で、割とカスタムとかしちゃってステッカーとか貼っちゃってるタイプの人ら」がつけてるゾロ目、ですよね。

ここまで書くと「ああ、わかる。そういう人らね…」とたいていはご理解いただけるので詳しい説明は省略させてもらいますが、そう、そうなんです。

あと、反社会性を暗にアピールしたい人らとか。
確か九州の有名な某暴力団には「8のゾロ目」という工藤会ナンバーと呼ばれる常識があるのだとか。

なんで「そういう人ら」が嬉しがって「おしっ!やるべきだぁ!」と食らいつくようなレベルのことに対して、「あっ!今日はゾロ目を見れたからラッキー!いいことあるキャモ!!」とか思わなくちゃならないんだと。

自分でお買い物をして代金の合計が「777円」に偶然なったのとは、わけが違うんですよ。

なんだか「アガる!」のかなんなのか、そういう直情的な理由で頭に電極刺されて強制的に反応してるくらいの勢いで5,000円で「特別な俺」「特別なアタシ」を演出できてると勘違いしている連中がやっていることなんですよ言い過ぎですねすいません。

逆に、スロットとかパチンコとかで揃うのは「777」「555」「333」ですよね、よく知らないですけど「444」とかはゾロ目だけど、ちょっと落ちる。やはり「777」です。

これって「777はラッキーですと設定してあるから」、あなたに出玉があるわけです。「777だから」じゃないんです、ここを勘違いしてるからいつまでもハマるんですよバカだなぁ、「お金をたくさん入れてブン回すといずれ777が出るようにしてある」からラッキー、なのであって、あなたが777日間の祈りを込めて投げつけて割った盃の破片を数えたら777個だった、とかとはまったく違うんです。

偶然に神聖さを見つけ出す価値が、そこにはない。

その「勘違い」と「発生するまでの思考経路」を鑑(かんがみ)て、「あ、車のナンバーのゾロ目になにか幸運やラッキーさを感じるというのは、どうも違うなぁ…」と思った次第です。

今はゾロ目ナンバーの自動車を見かけると、同時にリアに貼ってあるステッカーを同時に見て総合的に「おお…うん、そうね」って思うだけにしています。







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