信じられないが、かなりいるらしい。
“驚くことに34%もの若者たちが、地球が丸いことに疑問を抱いており、4%が「地球は平らだ」と答えていた。”
米若者に広まる「地球平面説」 NBA選手の発言がきっかけか
https://forbesjapan.com/articles/detail/20697
これは、「正確な知識と情報の理性的な処理が出来るかどうか」を測る指針ではなく「本当に地球が平らかどうか・球体なのかどうかなど、自分たちの生活にはなんの意味もない」と思っていることの現れだとも言えると思う。
そもそも「地球平面説」という言葉の中に「球」が入っていていいのだろうかという疑問がある。
日本語の「地球」は表意文字「球」が「球であること」の前提を示しており、それがフラットアース説を信じる人の少なさに影響しているのかも知れない。
英語の「EARTH」だと、「球」という意味が含まれないため、それを解釈する時に「平面」という余地が出てきてしまう。
そもそも語源はeorþe(エオルス)で、「大地」「土」「地面」「土壌」という意味であり、女性名詞であるがゆえに「母なる大地」というイメージで使われてきたそうだ。
なので土壌さえ感じられれば、実質的な生活圏は平面だけなのだから、丸みを帯びているという映像や言説は「嘘」と突っぱねれば何ら支障はない、ということになる。
基本的に、社会には「巨悪」があり、それら(彼ら)は常に人民を強大な資本力で騙そうとしている連中なのだから、「信じるに足る証拠」と言われても「違うものは違う」と言うことがいくらでも可能だ、というのが陰謀論者の姿勢だと言える。
自分の主張と合致しないものは全て「悪の政府・巨大企業が作り出した嘘」と言えてしまう。
「あなたは実際にその眼で見たのか!?」と問われたら、「地球が丸い」ことを自分で視認した人がこの世に何人いるだろう。
間違いなく「自分の目で見た人」はどれくらいいるのだろう。
地球外へ飛び出した宇宙飛行士は、500人以上いる。600人はいない。それ以外の約79億9999万9400人は、地球の丸さを見たこともないのだ。
たった600人が、巧妙な嘘さえつけば、そしてそれを巨大組織がバックアップすれば、「地球が丸い」ことなどは捏造できてしまう。
つまり
「地球が丸い、決定的な証拠がない」と目の前で言われてしまうと、認めざるを得ない部分が出てくるのだ。

それが、陰謀論が蔓延(はびこ)る要因の一つだと言える。
陰謀論に堕ちた人たちが皆、口を揃えるかのように「真実を知った」と言うのはそういうことだ。
真実は、目の前にある証拠(エビデンス)さえ捏造する連中によって隠されている。
「隠されているからこそ真実」であり、「隠されていること」そのものが陰謀の証拠なのである。
この「陰謀論の思考回路」は融通が利き、範囲を広げることが出来る。
タバコ、自然環境変動、原子力発電、ワクチン、など。
同じ論理で、民衆は「真実は隠」され、「不利益がもたら」され、「悪の組織がそれを司」る。
この思考で生きている限り、ある意味でとても「楽」になれる。
自分の身の回りで起こることは、すべて「巨悪による陰謀のせい」に出来るからだ。
タバコが吸えないのは健康被害を訴える連中のせいであり、
自然環境が破壊されていると主張する連中のせいで野菜が安値で手に入らないのであり、
原子力で儲かる会社のせいで放射能汚染が広がるのであり、
人口の減少を計画するビル・ゲイツのせいでナノチップ入りのワクチンが推奨されている。
これがまともな思考であるわけがない。
しかしあらゆる歪んだ言説に染まる時、すべての人の精神状態が正常である保証などどこにもない。
不安や苦しみを感じる時、陰謀論は怪しく光り、響いてしまう。
陰謀論に堕ちた人々を救うのは、正論や証拠で論破することではない。
または誤謬に満ちた陰謀論を看破し、恥をかかすことでもない。
まずは人間として付き合い、信頼を得る、つまり「たわいもない世間話が出来るような関係性を築く」ことが重要で、「この人の言うことなら一部、聞いてもいいかも…」と思ってもらうことが大事なのだ。
上掲の書は一貫して、その姿勢を貫いている。
政治的に激しく対立することの多いアメリカでは、二大政党のどちらを推している人が多い。
「この政策を採るから民主党を推す」を根拠にする場合と、「民主党を推しているからこの政策を支持する」という場合がある。
それは共和党に対しても同じだ。
まず「どの政党を推しているか」という部分に自分のアイデンティティを形成する核があり、それに従って、物事を決めている。
科学的な事実やコンセンサスなど、二義的なものに過ぎない。
これは陰謀論に堕ちる時、人間は「アイデンティティに対する危機感を持っている」ということにつながっていることを示す。
不安や苦しみを感じる時、陰謀論は怪しく光り響く、というのに通じる。
つまり逆から言えば、陰謀論を論破しようとしてくる人々を「自分のアイデンティティを脅かしてくる連中」と見做す傾向があるということだ。
そうなるとやはり大事なのは、繰り返しになるが著者リー・マッキンタイアの言うように、「たわいもない世間話が出来るような関係性を築く」ことだということになる。



































