あんまりわざわざ言うと、「お前はそんなに偉いのか」と思われてしまいそうですけども。
大したことではないけど、書き残しておこうと思います。
ありがとうって言わない?
店員さんが、食事をテーブルに持ってきてくれた時。
店員さんが、お釣りや商品を手渡してくれる時。
「ありがとう」って言わない人がいます。
*2回持ってきてくれたら2回とも。
*料理を注文する時の「お願いします」。
*お釣りを受けとる時。
どうやら、当たり前なことではないらしいです。
誰であろうが手渡しされたら、持ってきてもらったら、「ありがとう」って言うっちゅうのは、当たり前ではないのでしょうか。
「店員と客」の関係になると、途端に言わなくなる人。
店員を仕事にしている人も、客で訪れた店では「ありがとう」は言わないのでしょうか。
他の誰であっても言うのに、「店員にだけ」言わないのっておかしくないですか??
レジで並んでいると会計時、店員は「ありがとうございました」と言いますが、客の方はブツを受け取って無言で立ち去る。
知り合いにしか「ありがとう」って言わないのだろうか。
もし駅のホームで帽子を落として風で転がって、足元で止めてくれた女性が拾って手渡してくれたら「ありがとう」と言うのに、それが駅員だったら突然無言で受け取って立ち去るのでしょうか。
いや、「ありがとう、と口に出すと引き寄せの法則発動〜❤️」とか言いたい訳ではありません。
感謝の気持ちが大事〜❤️、と言いたいわけでもないです。
普段から「感謝感謝」と口に出しているやつはアホだと思ってます。
「感謝」というのは心でするものであって、口に出すものではないからです。
口に出すのは「お礼」とか「挨拶」とか「労い」です。
口に出してまで「感謝」なんて言ってるのは、アホだと思ってます。
いえ、口に出している人を馬鹿にしている訳ではなく。事実なので。
「感謝」と言うのは、「今のこの状況の理由を考察して感得する心の動き」の名前です。
それが行われることを(動詞として)「感謝する」と言います。
感謝じたいは、心より外へは出ません。
でもその心の動きの結果をなんとか無理やり表面化させたい時、「お礼の言葉を発す」や「謝礼の品を送る」などの行動にいたりますよね。
感謝は、具体的には表面化しないのです。
「現在の自分の状況の理由を知る、知ろうとする心の動き」は、誰にも具体的に知ることはできません。
その感謝が本当かどうかは、本人以外知ることができないからです。
「感謝します」と書いても、本質を知るのは自分のみ、ということになります。
「現在の自分の状況の理由を知る、知ろうとする心の動き」を完全に説明など、できるわけがないですよね。
自分でも、よくわからない時がある。
言葉にあえてするなら「ありがとうございます」と言うしかないんです。
なんて便利な慣用句。
だから、軽々しく「感謝」と口に出したり文字に書いたりしているやつは、アホなんですよ。
いちいち「感謝!」とか、文章の最後に「感謝」と書いている人は、笑われている事を自覚した方がいいですよ。
同じ、自分にしかわからない心の動きである「反省」を、毎日クチにしたりブログの文末に書いている人がいたら「こいつ本気か!?」と思うでしょう?
思わないなら、別に構いません。どうぞお幸せに。
そして、アホが悪だとは思いません。いてくれていいんです。
ただの、人と人とのやりとり。
「ありがとう」と店員さんに言うのは、たまたま何かの巡り合わせで今日、目の前の店員さんになってくれただけの人にお礼を言う、という、ただそれだけ、たったそれだけの事です。
相手が誰であっても同じです。
例えば三人でお店で食事をして店員さんに何度も「あ、ありがとう」「ありがとうございまーす」と言っているのが私だけ、と言う場面が過去に何度もあった事に、今日まで気づきませんでした。
皆、「店員には礼を言う必要はない」と思っているのでしょうか。
「店員は、客より偉くないのだ」
「金を払っているのだから、店員が奉仕するのは当たり前なのだ」
「感謝は店員がするべきで、客はしなくてよいのだ」
本気で、そう思っている人がこの世にいることを知りました。
小学校2年くらいからやり直してこい、と思います。
通りすがり失礼します。
全くもってその通りですね。ズバッと言ってくださり気持ちがいいです。
狂った人が多くなってしまいましたね。
店員だと言わない・・・理解不能です。
人間性が全く違うんでしょうね。