正式な発売日は、2017年8月7日、なのですね。
6日の朝。
ピンポーン。
モニタを覗くと、いつも来てくれるクロネコヤマトの人が映っています。
あれ、なにか届くんだったか…ドアを開け、ハンコを押し、荷物を受け取る。
なにこの箱。
開けてみると、入っていたのは、これでした。
完全に、予約注文したのを忘れていました。
神戸と横浜で行われた、「ほぼ全曲演奏」と銘打った特別なGIG。1987年です。この年、「PSYCHOPATH」を最後のオリジナルアルバムとして、12月24日の渋谷公会堂での解散宣言、につながっていくんですね。CDに封入されていたライナーノーツ(佐伯明氏)によると、「BEAT EMOTION」を発売しシングルカットした「ONLY YOU」がチャートインする中、なんでこんな「燃え尽きる」ようなライブをわざわざやらなければならないのか。この年は、そして「PSYCHOPATH」を受けた『DR.FEELMAN’S PSYCHOPATHIC HEARTS CLUB BAND TOUR』は、「これ、もしかすると解散するんじゃないの?」という、ファンや関係者の間に悲壮を漂わせ不安を渦巻かせ、進んでいたようです。
思えばこの音源は、ものすごく数少なく曲数もカットされて、VHSのビデオ4本で発売されていましたね(1987年発売)。カセットテープで聴こうとすればそれはテレビで再生したものをなんとか外部録音するしかなく、すでに手元に友達から借りて来た時にはビデオテープ自体が劣化しており(友達も100万回観てますからねw)、なんとなくチリチリ言うような状態だったことを覚えています。でも、田舎の中学生たる私たちは、「ライブだから、こんなもんじゃないの?」とか思ってました。
いやいやいや、とてもクリアで澄んだサウンドが素晴らしいじゃないですか。
こんな感じだったんだ。布袋さんの荒々しい演奏も清々しい。でも「BAD FEELING」なんかは、映像だとあんなに踊りながら弾いているあのカッティングが、こんなに綺麗に弾けているなんて信じられない。
あの4本組のビデオの映像は、横浜/神戸のどちらかをいいとこ取りしてあったんですね。そういえば1曲の中でも、衣装がコロコロ変わってた。
今回は、この2日間のライブ(セットリストは同じ)を、それぞれ2枚に収録した計4枚。
この仕様自体、なんだか無骨でいいなと思ってしまいました。
初回限定ボックス仕様として、Tシャツとステッカーが封入されています。
このTシャツ、いったいいつ着るんだろう…。
ライブでメンバーがアンコール時に来ているタンクトップのデザインをTシャツに落とし込んだものです。
中学生当時、このデザインをそれはそれはよく見かけました。コンサートグッズとしてのものではなく、それはそれは違法にプリントされた著作権無視の代物で、東大寺の門前に並ぶ土産物屋ですら見たことあります。同じデザインの巾着袋も、それはそれは見たことあります(持ってた気がする)。
30年経ってるんですね…。
今聴くと、「なんて変わった楽曲なんだ」という印象を受けます。
最初から恐ろしく歌が上手く、どうやっても情感と色気がこもってしまうヒムロックのボーカル。その、いわば「日本ぽい、歌謡っぽい部分」は、日本人がもともと好きな部分ですから、ポピュラリティを獲得する可能性は最初から高かった。誤解を恐れずに言えば「矢沢永吉的情緒」を、ちゃんと引き継いでいる。
それを乗せるのが、先鋭的で風変わりなサウンドをなんとかスタイリッシュに磨けないかと苦心している布袋さんの曲。もう、「普通じゃない感じを常に探してる」としか言いようなないくらいのイントロ/リフですよね。何回も聴いてるから慣れてしまいましたが、どんな曲を、どんな風にアレンジして、どんなにアバンギャルドに作っても、ヒムロックのボーカルが乗るとしっくりくる。
この「歌謡っぽさ」+「風変わり」が、BOØWYの魅力の一つなんじゃないかなぁと思うんです。そして、そんなコラボレーションの妙を、いちいち考えさせてくれるというのは、リズム隊が「これでもか」とタイトだからでしょう。逆に言えば「ベースとドラムは安定」なので、弾きながら踊っている、いや踊りながら弾いている布袋さんを安心して見ていられる、という状況。ベースの人も走り回るタイプの人だったら、もうちょっと演奏はグズついてしまうのかもしれません。
それにしても30年も経って、まだこんな話を書いたりできるというのはすごい。
先日行った「THE COMPLETE FILM OF LAST GIGS」はそのキャリアを、「B・BLUE」で締めくくったヒムロックのものでしたが、私としてはヒムロック自体のソロもずーっと聴いて来ているので、解散した後にBOØWYの曲で異様なほど盛り上がられると、多くのファンとは違うかもしれませんが、少し鼻白む部分があります。
そう言えば思い出したんです、フィルムコンサートを観ながら。ヒムロックのストイックさというか、BOØWYの曲をやるにも、ボーカルの責務をしっかり果たそうとする姿勢、というか。
違いがあるなぁ、と。
例えば武道館でしたか、布袋さんは、「CLOUDY HEART」「DREAMIN’」とかを、自らはギターを弾く「のみ」にして観客に歌わせる、という「演出」をしてくれるんです。「懐メロ」がとにかく大好きな日本人としては、これは嬉しくなって大合唱になる。少し異端な私としてはまたも少し鼻白むんですが、これって、演出として、素晴らしいなと思うんですね。ファンの心理を、しっかりと満たしてくれるというか。でもヒムロックは、たぶんそこまでのことは思いつかないんですよね。もちろんオーディエンスに歌わせる、ということはありますけど、「演出として」一切自分は歌わない、なんてことはしない。そういうほんの少しの違いも、ソロとして進んで来た道の違いというか、それぞれの歩みなんですね。
BOØWYは6年しか活動していなくて、ライブハウスから武道館、最後は東京ドーム。このあと「バンドブーム」が来る。あまりにも影響が大きすぎて、バンドブームで出て来た人は「BOØWYが好きです」とはなぜか言わないんです。まったく、衣装もマイクの持ち方も歌い方も髪型までそっくりにしてるのに、影響を受けてるとすら言わない。そんなバンドがたくさんあったんじゃないでしょうか。
その意味で、GLAYは偉大です。
もし1987年にBOØWYが解散していなかったら、GLAYの活躍する余地はなかったと言っていいでしょう(結成は1988年)。だからこそ、彼らはヒムロックへのリスペクトを最大限に表しているし、BOØWYのフォロワーとして影響を隠しもしない潔さを持っているのかもしれません。そしてそれが2006年のコラボ作品、しかもそのタイトルが「ANSWER」だなんて、イカすではないですか。
まさにほぼ全曲。
なんと言っても39曲 x 2ですからね、ボリュームとしては。しばらく堪能したいと思います。このCDボックスには、CDを聴くハードを持っていない人への配慮なのか、ダウンロードして聴くことができるコードがついています。
早速このダウンロードコードをメルカリで売ってる人がいましたがw、今やCDは、いや音楽メディアは、扱いを間違うと「軽い」存在だと思われかねない、危うい一面を露呈させています。でも、廃れるのはCDやLDと言った「メディア」であって「音楽」そのものが衰退するわけではない。音楽は永遠に存続するものであって、それをどうやって楽しむか、が進化し、変化し続けるものなのでしょう。
それでも、8,000円以上もする豪華ボックスを買い、着もしない封入Tシャツを眺めて悦に入っている人たちをそれなりにターゲットにする商法、というのは、無くならないだろうなぁ、と思いつつ、「箱…でかいな…」とすでに置き場に困っていたりもするのでした。