鎌倉殿の13人

鎌倉殿の13人 第31回『諦めの悪い男』

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初代よりはるかに若くして、

二代目は倒れた。

御家人同士の対立も、

またはるかに大きい。

鎌倉に戦の匂いが、

漂い始めている。

源頼家が病床に

そもそもそれは、自然な病だったのでしょうか。
呪いが効いていそうです。
それも阿野全成(あのぜんじょう・新納慎也)によるものではなく。
「鎌倉殿そのもの」を恨んでる勢力というのは全国当然ありますからね、伏せって当然レベル。

平家の残党は言うに及ばず東北の奥州藤原氏、当主を殺された上総介広常(かずさのすけひろつね・佐藤浩一)の一族、武蔵の大庭景親(おおばかげちか・國村肇)の一族、最近で言えば梶原景時(かじわらのかげとき・中村獅童)に連なる人たち、などなどなど。

武力で平定し権力が集中するということは、怨念が集中するということでもあるでしょう。
それを跳ね返す強靭な胆力とグランドビジョンがないと、やっていけない。
究極のおぼっちゃまである源頼家(みなもとのよりいえ・金子大地)にその両方があるとは誰も認めていないので、もう生きてるだけでプレッシャーとストレスがすごかったと推察されます。やればやるほど辛くなる。逃げられないし辞められない。
「倒れた方がマシ」と言えるほどの重圧と重責。

源頼家が死ぬと、三代目は当然、嫡男の一幡(いちまん・相澤壮太)が継ぐ。
おそらく源頼朝(みなもとのよりとも・大泉洋)が生きていても、継承はそういう順序になったでしょう。

興奮の中では序列も曖昧に

源頼朝が走り書きで残してた、という謎の手紙。
源頼朝が生前に、三浦義澄(みうらのよしずみ・佐藤B作)も生きてるのに「三浦義村(みうらのよしむら・山本耕史)に託す」などと言うわけがないので、比企氏を抑える方法としては駄策です。

事態の収拾に努める北条ヨシトキ(小栗旬)、和田義盛(わだのよしもり・横田栄司)や八田知家(はったともいえ・市川隼人)にタメ口でしゃべってますね。

和田義盛も八田知家も20歳以上、年齢は上です。
当時としては完全に「親世代」。
「13人」としては同格でも、貫目がまったく違います。
30代後半に過ぎない北条ヨシトキが「それを今考えている!!」などと、和田義盛を怒鳴りつけるようなことは絶対に不可能です。
「まかせる」などと、和田義盛よりも歳上の八田知家に、同僚のような口を聞くこともあり得ないでしょう。

やはりドラマとしては一旦、「13人」がまるで同格・同世代・同レベルであったという誤認があった方がモメ事を描きやすいという意図があるんじゃないかな、と邪推してしまいますね。

実際にはぜんぜん、すんなり密談で上手くいかないから御家人同士が「家vs家」で殺し合いをするというのに、お互いが昔馴染みだし、会議室の会話劇、丁々発止の台詞の応酬で折り合いがつくかも…、と一瞬思わせるような、現代劇っぽさもあるドラマの雰囲気。

八田知家は「俺はどっち側でもない」と謎にカッコつけてましたがあんた、比企氏の片棒担いで阿野全成を殺してなかったっけ?今後、北条側の処刑人にもなってくれるの??
この人、実は源義朝の隠し子、という説もあるそうです。ということは源頼朝の異母兄!

比企が露骨になってゆく

どうせ言うこときかない源頼家より、思うがままに操れる一幡に早く継がせるという謀略を、比企能員(ひきのよしかず・佐藤二朗)が持つのは当然の流れ。

源氏の血があると本人はともかく、担ぎ上げようとする勢力が出てくるのは必然、なので京で阿野全成の息子、修行に励んでいた頼全(らいぜん・小林櫂人)は殺されました。よく見たら頼全の「全」は阿野全成の「全」ですが「頼」は源頼朝の「頼」ではないですか。

源頼家への謀反の疑いで阿野全成は誅殺され、現時点で源頼家は病の床に。
そうなると「頼全を殺せ」の命令はどこから出たのか、ということになりますよね。
鎌倉殿から出された体を取りつつ、比企能員から出たと考えるのが自然。

鎌倉で、全面戦争の気運が高まってきました。

北条ヨシトキは、一幡に対抗するべき神輿として、その弟・善哉(ぜんざい・長尾翼)よりも、源頼家の弟(源頼朝の次男)である千幡(せんまん・源実朝・嶺岸煌桜)を担ぐことにしました。

しました、というかそれしか選択肢はありませんよね。
乳母であった実衣(みい・宮澤エマ)は阿野全成の妻ですが、北条時政(ほうじょうときまさ・坂東彌十郎)の娘です。

北条方の御輿は最初から千幡しかいません。親族会議などする必要もないくらいに。
それにしても北条ヨシトキ、畠山重忠(はたけやまのしげただ・中川大志)には「戦う支度はしておいてください」と、父親と並べてですが敬語でしゃべってましたね。気になる。和田義盛にはタメ口だったのに。

既定路線として決まってる流れの「一幡が三代目」。
これがひっくり返るにはよほどのことがないといけません。

つまり「比企の暴走を止める」は「鎌倉を守る」という大義名分と合体して「一幡を廃する」ということにつながっていきます。血を見る戦いは避けられない、ともう、全員が思っている。

その前段階として、ポスト源頼家時代を見越して「関東を一幡、関西を千幡に」という分割統治はいかがでしょう、という案を持ち出しました。古代ローマでも思いっきり失敗した、一族による分割。

こんなものを比企氏が受け入れられるわけがない。
というか突っぱねるために北条ヨシトキは、建策したとしか思えない。

穏便な解決策を提示したふりをしてそれを比企氏が蹴っぱぐったという事実をこしらえて「やれることはやりました」というアリバイづくりをする、汚い北条ヨシトキ。
主人公がそこまで汚いとイメージ悪いので一応、息子である北条泰時が(ほうじょうやすとき・坂口健太郎)が「北条の良心」として「それはちょっとどうなんですか…」っていう感じでフォロー役をやっています(役には立ってないけど)。

 

ヨシトキが悪魔に転生する

源頼家がダメになり、一幡を排除するしか、北条氏が生き残る道はない。
だからこそ「誓います」と平然と嘘をつき、一幡殺害の決意を揺るがせにしない北条ヨシトキ。

戦は避けられない…ということはお互い、屋敷やその周辺に所領から兵隊を呼び集め、兵糧を運び込んで武具を揃えて、それなりに市街戦の訓練をしたりしてるはずなんですよね。
それを、まさに戦々恐々で鎌倉の民も見ている。

そう言えば源頼朝が、本拠地を鎌倉にしたのは源氏ゆかりの地であったのと同時に、鎌倉が「要害の地だったから。」と言われていますよね。外敵からは守れそうだけど、まさかその鎌倉の内部でこんなに戦争が起こるなんて、さすがの源頼朝は想定外だったでしょうね…。

三浦氏がどっちにつくかが、鎌倉における武力による衝突の決着にはとても大事です。
近隣では最大兵力を持つ三浦氏は、源頼朝に味方する時から、なぜかぜんぜん判断を間違わないんですね。というか、絶対に勝ち馬に乗る。いや、それはやはり主客が逆でしょうか。三浦が味方する側が、いつも勝つことになる。

ドラマっぽく、比企能員と北条時政がサシで話し合う機会、というシーンが出てきましたね。源頼朝挙兵時の思い出話。そう言えばあの時、石橋山で源頼朝が負けたのも、三浦軍が遅れてしまったからでした。北条時政が言うように、比企が立ち上がっていても負けてたかも知れませんが、三浦軍遅れてなければ、比企氏がいようがいまいが勝ってました。

そして比企能員は北条時政の提案を一部受け入れ、こちらが譲歩して差し上げる、くらいの気持ちで、余裕を装って北条時政邸を訪れた。そこには武装した北条ヨシトキが待ち構えていた。殺す気まんまんです。

「武士としての誇り」が脳裏をよぎった比企能員でしたが、それは私たち現代人も持っている、江戸時代の武士のイメージ(誇りや名誉や外聞を重んじる)なのかも知れません。坂東武者は「殺してなんぼ」。

北条時政以下が鎧を着ているということは、比企能員1人を殺すだけでなく、一族を滅ぼす戦闘をこの後、すでにやるつもりだったということですよね。

後世、北条氏によって編纂された『吾妻鏡』ですから、たった1人でやってきた比企能員を殺すにはそれなりの理由と危機感がないと「リンチ」の謗りは免れないはずなんですが、なんとなく比企がどうしようもなくて卑劣だったからっていう雰囲気にされてるっぽいんですよね。死人に口無し。

「小御所合戦(こごしょがっせん)」と呼ばれる大殺戮で、比企一族、ならびに一幡は予定通り殺されました。
小御所、というくらいだからミニ御所・プチ御所ということですよね。次期将軍のおわす所、という意味でしょうか。比企の屋敷でもあったはずの小御所は、この辺りだったと思われます。

おそらくこの東側の山(小御所山)にあったんでしょうね。
今となってはなかなかの駅近物件です。

屋敷をめぐる殺戮の中、どさくさでせつ(山谷花純)が暗殺技術者・トウ(山本千尋)に殺されてしまいました。せつは比企能員の娘で親族ではあるもののこの時代、基本的にどんな悪辣な一族でどんな乱が起ころうとも女性は殺さないのが通例なので、やはりどさくさの中で死んでしまった人たちに対する、悲哀の表現だったのですね。

北条方や攻め手に加わった坂東の武士たちに、幼い一幡に対する恨みなどあるはずもなく、「どさくさ」っていうのが大事なんですよね。

だから「首を斬る」というあからさまな殺人よりも「業火の中で死にました」という、誤魔化した言い方になっている。

北条ヨシトキの脳裏に響く兄・北条宗時の声。
回顧の中にある懐古、そして決意。
「なんでこんなことに…」の嘆きを超えた、「もう戻れない」という思い。

源頼家が復活した様子を眺める北条ヨシトキの顔は、すでに以前の「振り回される男」ではなくなっていました。

そしてだんだん、北条政子が不気味に見えてきましたよ。

 

今回の『鎌倉殿の13人紀行』は、こちらでした。

妙本寺







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