自論構築過程

海が見える丘で

甘縄神社

 

少しぼうっとしています。

どこかに書いてありました。少年じゃあるまいし、勝手に「ぼうっ」としていると確かに、「怒ってるんですか?」と言われてしまうことがあります。

怒ってないw
ぼうっとしてるだけです。
でも、大人の男性がただ黙って「ぼうっ」としてるなんて、社会では認められないのでしょう。

だから一人でぼうっとしていますw

 

実は今日、誕生日の私ですv(´ʘ‿ʘ`)v

ここ数年は、「もう、そういうのはいいんじゃないか」ということで、誕生日だから何、ということを一切せず、「おめでとう」と言われたら「ありがとうございます」というだけで、自分では完全に意識せず、無視して過ごしています。

364日間はそれを無視して生きているので、後1日(当日)を無視して過ごすことなど容易(たやす)いことです。でもこれをこうして書いているということは、完全には無視できていないわけで、「何だ、やっぱりおめでとうとか言われたいんじゃないか?」と思われても仕方のないことである、ということはわかっております。

今こうしてこれを書いていることも「結局かまってちゃんじゃないか」と思われるということもわかっております。

でも、「もう、いいじゃないか」とい思っているというのが、正直なところなのです。

実は数年前までは、どこかに集まって、ケーキなどを用意してもらい、店のBGMが止まってハッピーバースデー的な曲が流れ他のお客さんにも拍手なんかされながら照れてプレゼントを受け取りながらロウソクの火を消す、というようなことをやってもらったりもしていましたが、なぜか「もういいや」と思えてきたのです。

もちろん年齢もあるとは思いますけれど、もっと先輩でも喜んで開催されている方々も多いのを知っていますし、この回に書いたように

「生まれて0歳」の謎。

誕生日システムってすごいな、とは思います(何せお祝い経済効果が一気に365倍になる)。

ヒトにはおめでとうと思うけど、もう自分にはやっぱりあんまり合わないという感じです。
最近はSNS上のメッセージで済むという事情もあり、何人かの方々にはお手間を取らせてお祝いの言葉をいただいたりして、とても恐縮します。

おもしろいもので、去年は実験的にSNS上の設定で、誕生日を消してたんです。そうすると、SNS上では一通も来ないwそういうものなんですよね。

 

そういうものなんですよねー

以前、自分より若い人たち大勢と接する立場にいた時は、0:00を回ると一斉に「おめでとうございます!良い一年になりますように!」というメールが通知音1時間鳴りっぱなし、くらいに送られてきていました。

その立場を離れたら、1通も来なくなりました。ああいうのって、「人」ではなくて「立場」に対して送っているものなのだな、と知りました。今はまた、「そういう立場」の人に、メッセージは送られているのでしょう。

だから、特に「不徳のいたすところ」とも思いません。寂しさとのつながりも感じません。孤立しているイメージ、も特に浮かんでは来ません。

そういうものなんですよねー、と思うだけです。

実はもう長く会っていない、Tという男一人からだけ、毎年律儀にメールが来ますw
あ、あとYという男からも。この二人だけ、メール来ますねw

えらいもので、自分の誕生日を「どうでもよい」と心の底から思えるようになると、他人の誕生日も「もういいんじゃないの?」と思えてしまいます。これだけは少し困りものですね。

 

数年前にはこういうのをお店でかぶされたこともあったなぁ…。もうかぶりません。

 

 







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