自論構築過程

ひどい理解だ…知らんがな

トンネル

 

知らんがな!というツッコミがあります。

知らねーよ!でもいいです。

これを「自己責任だ、お前がケツを拭け」という意味だと解釈すると、誤りを含んでしまうんです。

もちろん、「知らん」というのはボケではなくツッコミの気持ちを表した言葉ですから、言葉の意味だけからすると「知ってるのはお前(ボケ)、俺(ツッコミ)は知らん、だからお前の責任だ」ということになります。

でも、ツッコミの場合の「知らんがな!」は、「知ってるけど知らんがな」なのです。

これをわかってないと笑えないですね。
これをわかってるから笑えるのです。
わかってなかったよ、と思う人も、笑ってるならわかってるのです。

「知らん、って言ってるけど知ってるよ」というニュアンスを。

ついでに言うと、「なんでやねん!」というツッコミも、「Why?」という言葉の意味にはなりますが、「なぜなの?」と聞いているわけ(だけ)ではないですよね。

これは、なんとなく分かると思います。

なぜなのか??なんて理由を聞きたいわけではない、というニュアンスは。

なんとなく、「なんでそんなことになんねん、なんとかならんのかいな」という感情を表明したい!という強さが詰まって「なんでやねん!」になっている、という感じですね。

さらに、それだけではない意味も含有します。
まるで、マルチビタミンのサプリのよう。

 

恐怖の解釈法「文字通りのみ」

言葉の意味を字ヅラだけで解釈することの怖さは、面白さの真髄に近づこうとする上で、最も気をつけなければならないことです。

お笑いの俎上で100万回それを唱えた人が理解できないのであれば、それは単純に「面白くない人」ということでいいとさえ言えます。

お笑いの「知らんがな!」は、「知ってるのに知らないと言う」身内なのに内輪で突き放す様子を客観で笑う、という構図なのだということを、誰か教えてあげてやってはくれませんかね。

もちろん社会学的にはそこから自己責任論や他者を排斥する社会について問題提起することは重要なんだろうけども、お笑いという特殊な導入からそこへ入ろうとすると、入り口でまずべっとりと特殊なハチミツのようなものが全身に絡まってしまって、まともな話に進んでいかない(はずなのです)。

その特殊性、内包性、いわば狂おしいまでのドメスティックさを理解した上での「知ってるけど知らん、という優しい突き放し」についての社会学的な考察は、すごく聞いてみたいなぁ、と思いますけど。ぜんぜんダメでしたね。

「知らんがな!」に「自己責任だ!」の意味が含まれているのなら、

「なんでやねん!」には「他者への無理解」が含まれていて、

「どないやねん!」には「有意味だけを重んじる冷酷な社会性」でも含まれているんですか?

「違うがな!」には「多様性を認めない閉塞感」が含まれているとでも言うんですか?

アホらしい。

安易で狭隘な視点でとらえると、お笑いは死ぬ。

その好例を見せてもらって、実は大変ありがたく感じております皮肉ではなく。

 

リンクは、貼らないぞwww

 

 

 

 

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