自論構築過程

死んだら、その先はマジでどうなるの??

死ぬことと見つけたり〈上〉 (新潮文庫)

自分が死ぬ瞬間を想像してみましょう。

決して「目を閉じた」や「心臓が止まった」とかの、外から見た死ではなく、「自分が自分でなくなる瞬間」というか、 「あ、もう戻れないんだなと感じる瞬間」の、直前あたりからのことを。

ひょっとしたらその瞬間からは、なにも思えなくなるのかも知れない。
ひょっとしたらある瞬間からあっちは、別の何者かとしてなにかを思い始めるのかもしれない。

017

 

魂(たましい)は無限である、ともやっぱり思いたい我々は、精神の塊(かたまり)だけは永遠にどこか異次元を移動し続けると考えていて、死後の世界と、死前の世界のあいだに、三途の川などの境界線を設けることにして納得の補助線にしている。

でも、「目を開けている時」と「閉じている時」、くらいの差しかないのかも知れないな、なんて考えたりもします。

電車も乗れず好きな人にも会えずハンバーガーも食べれないけれど、そんなのはどうでもよくなるくらいに、「あれ?わたしって感覚、生きてるじゃん」という状態。

不思議なくらい満たされて、苦しくない世界。
霊になったら物に触れないとか、美味しいものがないとか言うのは、しょせん想像でしかないですよね。

 

キューブラー・ロスはそれについて、探求しようとしていますね。

 

例えば。

019

 

例えば我々は今、食べ物に関しては「美味しい」以上の価値を持ってません。
「さらに美味しいものを」とか「すごく新鮮」とかいくら言っても、「美味しい」のランキングからは逃れられない。

たとえばワニに(急だな笑)、うどんのコシを説明しても理解できないでしょう。
セキセイインコに、黒ごまとゴマの違いを説いても無意味でしょう(いつしか覚えて声に出すだろうけど)。

 

「死後の世界」はエゴ。

次元の違う世界を生きると、価値観や考え方は意味を為さなくなるのではないでしょうか。
死んでからも「愛する人へ」などと思うだろうと思ってしまうのは、今、生きている人間の、勝手なエゴに過ぎない気がするのです。

セミは、地中にいる7年間(種類 によってはそれ以上)、地上にこんな世界が待っているとは知らずに生き続けているんですよね。

我々が生きている今が、土の中だとすると、『死んだらどうなる』???

考えるだけ無駄だとは思いつつも、意外に、「死んだら魂もへったくれもない。絶無。虚空。虚無さえ無意味な、無そのもの」と想像してみることも、なかなかに生きるための「よすが」になり得るなぁ、と最近は思うのであります。

 

 

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