なんとなく2文字から浮かぶこと

勉学

「勉強の勉」と「学習の学」でできてる言葉だとは思うんだけど、「に励む」しか続きの言葉を思いつかない。「勉学」と口にするとき、それは一生懸命取り組む、あるいは取り組め、というニュアンスでものを言いたいときなんだろう。「勉学に励みたくないです」という用法は、たぶんあまり許されていない。頑張らないなら勉学という言葉を口にするな、というような強制力が働いてる。その「使い方について決まりはないけれど、誰もそうしない」というようなところに、言葉の用法としての面白みの種もあるような気はするが、そもそも学歴コンプレックスみたいなものを多少なりとも抱えている人は、勉学に励んだという経験を誇れる人に対して、どこか後ろめたい感覚があるように思う。でもそれを、積極的に解消したりしようとはしない。「自分には大した学歴、ないからなぁ」に続く言葉はたいてい「もっと勉強しといたらよかった」である。これを100歳の人とか壊れたヨットで太平洋に取り残されてしまって50日めの人が言うならまだしも、40歳にすらなっていないような人が言うのだから、まだ航海にすら出ていない人が言うのだからこれは、言葉そのままの意味ではないのだ。「え?AO入試とか、社会人の大学受験できますよ。今から勉強したら?」と言ってもそういう人は「それは無理。ああ、勉強しといたらよかったなぁ」と繰り返すばかりで、いっこうに資料を取り寄せようとすらしない。「(自分で思い込んでいるだけなのだが)絶対に学生時代には戻れない」という状態(年齢)になったので、初めて「ああ、もっとあの頃に…」と言い出すのだ。言いたいだけなのだ。もちろん、18歳で東大に入った人と同じように20年後、勉学や勉学の励み方で並べることはない。でも並ぶ必要もない。勉学はもともと自分にのみはね返ってくるもので、他人との比較には使わない。勉学の結果を他人との比較に使っている人は、勉学を間違って利用しているか、悲しい利用法の被害者になっている人だ。勉学コンプレックス、学歴コンプレックスに陥っている人は、「勉学の幅」を、自分でせまくしてしまっている。どんなことだって「励む」ことは出来る。今より自分が良くなって、新しいことを知り、新しい考え方を得、新しい哀しみも見る。これが繰り返されるのが勉学の効能だ。苦しんでしまうと励めない。励めるのは、自分の未来に、新しい道を感じるからだ。未知なる道を見るからだ。聞いたことない、と上に書いた「「勉学に励みたくないです」と言葉の使い方は、口に出さないだけで利用はされているということだ。励みたくない人は励まなくていい。18歳の自分は「励みたくない」と判断してしまったんだし、それは自分にのみ返ってくるものなので、「18歳の俺ってバカ」と頭をポリポリかいていればいいのである。そして「まぁ、そんな自分だが、さてこれから、ナニに励もう??」と、励む方向を探せばいい。そんな暇はない、そんな時間はない、そんなお金はない、そんな余裕はない、と思うなら、別に励まなくてもいい。人にどうこう言われてやるようなことはなにひとつない。ただ、なにもしなかったら「なにかをやろう」という気持ちは湧いてこない。なにもしなかったら、それ以上にはなれない。一生、18歳の時の自分を呪い、18歳の他人を羨(うらや)むしかなくなる。呪いと羨み?そんな時間は、あるんだねぇ?その時間を、何かに励むことに使いたいじゃないか。

 

 

 

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