PPAP(ペンパイナポーアッポーペン)。
ビルボード入りまでされてしまうと、もう渋谷でハロウィンで忘年会で、そりゃマネする人がどんどん増えるのも納得するしかない。
「ここまで賞味期限短いか」と唸ってしまいがちだが。
いつ、見たか?
PPAP、これ、先にオリジナル動画を見て面白いと思った、という人、結構少ないんじゃないだろうか。
多くの人が「流行っている」「火がついている」「動画がすでにいっぱいある」「誰だかは知らない」「なんのことだかわからない」という状態が一定期間あって、二次創作的な動画や音声、またはTwitterやインスタグラムでの素人の投稿を見て、何これ、本物は…?どれ…?と検索してオリジナルに辿りついた、というパターンが多いのだと思う。
つまり、「気づいた時にはすでに流行っていた」のだ。
ネタが面白い、という言葉では片付けられなくなってしまったピコ太郎、なんだ古坂さんじゃないかと即座に思って安心したりした人もいただろうが、あのいでたち、あの捨て鉢、そしてあのクオリティ。
他の「どうでもいいレベルすら、低すぎる一発芸を披露している人ら」とは、やっぱり精度が少しだけ違っている。
世界的大ヒットしたのは、PPAPが「全編英語のみ」だったからだ。
1分間、名前以外は英語しか出てこない。
これ、否定する事はできないだろう。
英語だからこそJ・ビーバーが面白がったし、世界中の人が「なんなんだこれは…!」と右脳で理解した。
でも、あのいでたちを理解している人は少ないような気がする。
後述する。
PPAPとは概念である
内容については、この記事が適切に的を射てると思った。
21世紀最大の謎? 「一体、何が面白いのか」PPAP大流行の秘密をひも解く
https://news.yahoo.co.jp/articles/2256d232e512751947f25d1757cefe4d50e1ae57
「PPAP」とは、ピコ太郎が作成した動画をモチーフにしたWEB上の二次創作の総体による現象を指し示す概念
なのだ。
先述の、発見の経緯を思い出せばわかる。
そしてこの例は、すでに日本の芸人が「フリーライブ→事務所オーディション→事務所所属→事務所ライブ→番組オーディション→ネタ番組出演→ネタ番組出演→ネタ番組出演→ネタ番組出演」という既存のルートを通らなくても世界的に爆発的な知名度をアップさせることが可能だということを示してくれている。
そのための要素を、とりあえずピコ太郎先生は抽出して、目の前に示してくれたと言えるだろう。
さて、「あのいでたち」についてです。
あの格好は、一体なんなのでしょう。
忘年会などで繰り広げられるその惨劇は、とりあえず想像すらしないことにしたい。
「あのいでたち」は…
どう見ても「ヤクザのデフォルメ」だ。
「コワモテの戯画化」。
「チンピラの最果て」。
カリカチュアライズされた「ヤンキーの頂点」なのだ。
なぜこの格好になったか。
それは、素体である古坂大魔王さんが「ピコ太郎」の名にふさわしい、可愛い格好をしても不気味にしかならないから、だろう。
そして、パンチパーマに銀ブチ眼鏡、全身ヒョウ柄にゴールドのネックレス、と究極的に茶化したレベルまでヤクザっぽさ(怖さ)を強調したルックスにすれば、そこからはもう印象として「下がってくるしかない」。
つまり、可愛い仕草や優しげな言葉や面白い単語を連発すれば、見かけとのギャップが生まれ続け連鎖し続けることになる。
その「計算」が「素体ならでは」の理由から導き出され、「あのいでたち」は生まれたのだと思われる。
しかし。
やはり「日本ならでは」
そのコンテキストは、もちろん日本でしか通用しないものだろう。
「ヤクザチック(ヤンキー文化の極点)な格好からのギャップ」は、日本人にしかわからない。
だから、インスタグラムで全世界へ拡散する可能性はもちろんしっかり踏みつつも、やはり「PPAP」は、国内向け、日本向けの「英語おもしろ動画」だったはずなのだ。
Appleを「アポー」、Pneappleを「パイナポー」とカタカナっぽく言う、というのも、実に日本的な笑いの文脈ではないか。
同じコンテキストには、「バナーナ(Banana)」や「ピーポー(People)」が並ぶかも知れない。
PPAPがわからない人らへ
「PPAP」が凄まじくメディア露出していることに関して、戸惑いを示している方々も多いという。
その人たちが言う「なにが面白いかわからない」という言い方は、あまり良くないと思う。
ではあなた方は、世の中の出し物や作品の、なにが面白いか、全てについて解説できるのか。
絶対にできない。
これは、「傍線部分の、作者の考えを答えなさい」という、国語の問題に通じるものがある。
そんなもの、わかるわけはないのだ。
100年も前の文豪の、編み出した主人公の部分的な考えがわかるのなら、お前が同等の小説を書け。
あれは「出題者が答えて欲しい答えを書きなさい」でしかない。
おそらく、作者本人にも細部はわからない。
だから深みが出る。
「なにが面白いかわからない〜」と言いたい人は、「この、俺様、が!」なのだと思う。
「この俺様が理解できないものは、価値として低い可能性はないか?」と言いたいのだ。
そして「そんな価値の低いものをありがたがっているオマエラは、俺様よりレベルが低いのだ」と、暗に言いたいということなのだ。
態度として間違っているぞ、それは。
そういう時は、
「面白いけどよくわからないんだよね〜」
または
「よくわからないから面白い〜」
と言っておくのが正しい。
面白さを、必ず理解できると思うのは傲慢だ。
なんだかわからないけどおもしろい、のが一番おもしろいのだ!
究極の「なんだかわからないけどおもしろい」が、一気に全世界に拡散してしまった感のあるPPAP。
これは、日本のお笑いの層の厚さ、奥の深さを垣間見せた、未来に向けた可能性をズバババンと開いた、美しくも素晴らしい前例となった。
どう考えても、2匹目のドジョウは、いる。
各事務所が、何も動いていないとしたら、それはただの怠慢である。
※追記
ここまで書いて思い出した。かなり昔だが、古坂さん(面識はあると思うけど記憶にはない)がA面、私がB面、という約束で曲を書いたことがあった。誰に対してだったかは忘れたし歌唱グループが誰かは最初から知らないが、2曲並べた時にそのクオリティの差に愕然としたことを思い出す。いや、自分の曲も、詞とアレンジはダメだけどメロディはなかなかだと自負してはいる。誠に勝手ながら、並べて音声ファイルを置いておく。
つまり昔から、ピコ太郎先生の作るものは、そもそもとんでもなく素晴らしいのである。
★注意★
音声が流れます
↓
A面←古坂氏、作。
音声プレーヤー
B面←私、作。
音声プレーヤー
繰り返しになるが、これを歌ってるのが誰かは知らん。