なんとなく2文字から浮かぶこと

性別

性別なんてどうせ男と女しかないし、そのどちらかにどれくらい振り切っているか、あるいは良いところで曖昧にとどめているか、という「多寡」で判断しているようなところがある。社会において性別は、その役割を固定するのにまず便利な二元論として使われている。それは正しくもあり、正しいがゆえに融通が利かなく見えることもある。男子サッカーリーグに女性チームを作ってもいつまで経っても女子は優勝できないし、別に女子リーグを作って頂きを2つにした方がお互いを尊重できる機会が増える。決して分かり合えないけれど決して敵ではなく、決して同化できないけれどだからこそ共存できる、両方ともなくてはならない存在。それはなんとなく、誰に教えられることもなく知っている。いや「教えない」という雰囲気で、何度も教えられていることなのかもしれない。でも例えば天ぷらそばを食べて、エビを包む衣つまりは油で揚がった小麦が歯に当たるとき、それを噛み砕くとき、性別を意識することはない。例えばトイレでかなりの馬力を持ってして糞を世界に向けてキバるとき、息を止め顔を紅潮させて噴出口に意識を集中するとき、そこに性別はない。人間が人間たることのみを考えるとき、そこに性別は必要なくなる。人間が単体の生命や生存について全力を振り絞るとき、性別は二の次、三の次のことになる。つまり人間は、何らかの結果を生みたいときにだけ男で、何らかの理由を作るときにだけ女なのだ。その証拠に、人間以外の動植物はまるでいつも、生殖以外は私らなんの区別もないよ?なに?という顔をしている。ライオンのオスにはたてがみがあるが、南米の鳥のオスには綺麗な飾り羽があるが、メスの方が派手な種類だっているし、交尾が終わるとメスにオスが食われてしまう昆虫だっている。子孫を増やすに当たって、効率よく自分と同じ子供を、自分自身だけで増殖できた方がいいように思ったりすることもある。でもそういう風にはなっていない。単体で、ただただ増えていくのはアメーバのような、下等と呼ばれる単純な構造の生き物だ。今の不完全で弱い自分が、2倍に増えてもダメ人間が増えるだけで、なんら「人間」という種族にとってプラスにならない。自分の半分と、誰かの半分を足して1つにすることで、新しい可能性に賭けることができる。そういう方法をとっている。性別は、その際にわかりやすく区別してS極とN極をくっつけるための便利な指標だ。ライオンのたてがみもそうだし、極楽鳥の飾り羽もそうだ。性別がオスであること、メスであること自体には意味もないし、優劣もない。その前に、自分は人間か、自分はどんな人間か、人間としての自分はどうか、がまず徹底的に大事で、オスとして、あるいはメスとしてという部分は、その都度その都度変化に対応しながら発表していけばいいことだと思う。人間はまず胎内でメスになり、そこからなんらかの理由でオスに変化していく。「まず、女になる」ということを人間は全員知るべきだし、知っている人は何度も思い出すべきだし、その不明な意味について、何度も考えるべきだと思う。

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