自論構築過程

旅におけるたった4層(知らなくても平気編)

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勝手ながら、旅行には「四層の楽しみ方」があると思っている。

もちろん第一層がいちばん手軽で、いちばん簡単に、もっとも享楽的である。
層を経るに連れて知識と教養が必要になり、加えて想像力とロマンチックに想いを馳せる心の柔らかさが必須になる。

もっとも、深い知識や広い心が増えれば増えるほど、ロマンや優しさが全人格的理解として降りてくるというのは人生のどんな局面でも同じことである、というのは論を俟たない。

その四層とは…

四層すべてをひっくるめて一般的には混合して「観光」と呼ぶが、簡単に列挙すると、

第一層:カフェめぐり
第二層:人に会う
第三層:歴史探訪
第四層:地質調査

ということなる。

 

順番に説明する。

第一層:カフェめぐり

もっとも手軽だ。ガイドブック的な書物やアプリもたくさんある。

この手のムック本は購入すると、スマホやタブレットで使える電子書籍がセットになっている。
紙と電子でこの場合「1冊」なのだ。
持って歩かなくてよく、荷物が減らせる工夫。

さらにレジャーチケットもついていて、提携しているお店で500円くらいの割引を受けられるサービスが付加されている。

たいてい、有名観光地にはもはや無限とも言えるほどにカフェや甘味処、食べ歩きできるスナック的な食品のお店が開いており、それらはおそらく数年で入れ替わったりするのだろうが、それを含めて「カフェ巡り」そのものが観光になっている。ご当地の食材を使ったものだけでなく、ここで考案したものをご当地スイーツにするのだ、という意気込みとアイデアに溢れているので、実際それだけを目的に3泊4日、なども可能だと思う。そこに「昔からある食材を堪能」を加えると、半月くらい滞在してもたぶん、時間が足りない。金も足りない。

わかりやすく「カフェめぐり」とした第一層は、「一般的な小・中学生でも楽しい」旅を満喫できるフェーズだ。テレビで紹介される情報を日々追いかけるだけの情弱用と、意地悪な言い方も出来る。誰でもなんの情報もなくても、行けば看板に誘われてそれで満足できる。

 

第二層:人に会う

意外にこれは難易度が高い。そこに暮らす人や由緒ある場所に関わる人に彼の地で会うというのは、その旅を相当に充実したものにする。

「人に会いに行く旅」は、土地の熱気だけでなく人の情熱をも期待し期待されるものだから、一括りに「観光」とは言えない範疇を含むことになる。

ただ現地の人と、全国展開しているチェーン店で雑談していただけだったとしてもそれは、特別な「そこにいた記憶」として、心への刻まれ方の角度が変わってくる。

難易度は高いが旅する時に、目星をつけた誰か・世話になるどなたか・知り合いになりたい人、などに厚かましく連絡をして、アポイントメント(会う約束)を取り付けていくと、ダラダラしがちな旅にピシリと筋金が通るのかも知れない。

地元に長く住んでいる人に会える旅には、その人が生きてきた時間をかりそめに共有させていただく貴重さがあり、栄枯盛衰・短期間で入れ替わるお店やスイーツなどよりも、長い時間と人生の重みを旅客に感じさせてくれる良質な柔らかさがある。

 

第三層:歴史探訪

そこに人が住んでいるということは、そこには街があり歴史がある。歴史は、学校で習うものだけでなくこの世のすべてにある。日本なら「日本史」の王道、またはその影に隠れた歴史を、史跡や神社仏閣から感じるのは旅の醍醐味である。

えてして観光スポットになっていない、街から離れた裏ぶれた場所にこそ、そのエリア発展の礎になった契機の歴史が静かに佇んでいるのであり、それらを静かに巡ることは、うわついた流行りを追いかける旅とは少し違って、そこに住み続ける努力をしてきた人たちの強い意志の力を堪能できる、自分のためになるのだ。

観光地は人を呼ぶ。
そのきっかけの多くは「参拝」であり「鉄道」であり「名物」である。
それらを起爆剤として観光客が増えたからこそ発展したし、発展したからこそ観光客がさらに増えた。
歴史そのものは動かないにしても、歴史を感じられる土地として人を惹きつけたのは、観光地としての努力であるし、それは上記の「参拝」「鉄道」「名物」を、観光用にアレンジしてきた経歴でもある。
観光地として維持するためには改変もリニューアルも必要だったりして、保全との兼ね合いはどの街でも課題だろう。それすらも街の記憶として歴史になっていく。変わっていく様子を感じる時代に生きていることにこそ、感謝すべきなのかも知れない。

 

第四層:地質調査

地層は、神社仏閣などケシ粒にも見えないほどの昔からそこにある。
まだどこにも、なんの名前すらもついていない時に形成された地質の重なりや形は、土地そのものであり、その土地が発展した理由に大きく関わるものである。

川がなければ物流の拠点にはなりえず、拠点にならなければ人は集まらず、人が集まらなければ宿場町もできず、元・宿場町でなければ鉄道の駅も敷設されず…。

ではその「川」が、なぜここにあるのか。
山から流れる水が土を削りながら降っていき、やがて扇状地を作り、うねりながら広がって海へ到達する。侵食・運搬・堆積を繰り返し、その過程でできた砂州(さす)や河原を、苦労しながら人的に加工して、人は暮らしを立ててきた。

川がなぜこの場所に流れることに決めたのか、理由は永遠にわからないが、川ができる豪快な過程はその地質や地形から知ることができる。その、いくら考えてもとうてい及びもつかない壮大な営みの上に、人間は小さな生き物として、粛々と生きている。

 

まとめ

かつてマグマの活動や大陸プレートの影響でとてつもない轟音とともに偶然、形作られたこの地で(第四層)、安寧と政治的・宗教的願いを込めた施設を作った人々が(第三層)、さらに連なる関係性を紡いで明るく、時に哀しく生活をしているのであり(第二層)、その活計の一つとしての観光資源を楽しむ過客が今日も訪れ、カフェを巡る。

 

あとがき

特に旅好きでもないし経験も少ない私だが、旅行と称してその場所に1回しか行かないとなると、いつも「カフェ少し・寺社少し」で帰ってしまうことになってる気がして前々から哀しく思っており、「旅なら半月の予定で」なんて夢想したりもするが叶わず、目的を絞ることは旅の醍醐味の一つかもなと、勝手な思いを書いた今回なのであった。

ちなみに個人的には、アゴアシ(食費と旅費)を依頼人が受け持ってくれるような「ただの雇われ仕事の同行」は「旅」にカウントしないことにしている。それは「業務上の移動」であり「ただの出張」だからだ。

 

 







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