2011年、ロシアはシリア内戦に介入した。
アサド独裁政権は反政府軍に押され一時は全国土の30%ほどしか支配できない状態にまでなったが、勢力が「政府vs反政府」というようなシンプルな構図ではなくなりまさに群雄割拠の大内戦となり、そこにロシア・イランが介入し、一進一退の攻防となった。
2022年にロシアがウクライナに対して仕掛けた侵略戦争によってシリアへの軍事支援が手薄になったこともあり、アサド政権は崩壊。親子二代、50年以上に渡って続いた独裁政権は消えた。ちなみにバッシャール・アル=アサド元大統領は、側近のほとんどに告げず飛行機でロシアに逃げた。
ロシア軍はイスラム過激派勢力と熾烈な戦いを強いられており、西部の地中海沿岸を拠点に、地道な作戦を展開していた。
イスラム過激派によって敷設された、無限の地雷地獄に苦しめられていた。
地雷は「貧者の兵器」とも呼ばれる。
安価で、設置が簡単な上、効果(殺傷能力)が大きい。
それをパルミラ遺跡にまで敷き詰められては、誰が戦っても苦戦するだろう。
世界遺産に登録されているパルミラは、古代にはシルクロード上の重要な商都として栄えた。西世界と東世界をつなぐ、かなり繁栄した中継点だったのだ。
閉業…?まぁ閉業か…。閉業…?
ローマ帝国の属国となって以降、さまざまな為政者に蹂躙されたが、イスラム国(ISIL)に支配されてからは、さらにかなりの数の遺跡が破壊されているという。
映画の常道。
映画で「戦争もの」と言われて想起するのはたいていが「アメリカもの」と「日本もの」に大別されてしまう。
アメリカものは当たり前だがとにかく米軍が活躍する。困難な作戦を乗り越えるスーパー兵士がいたり、苦難や事故を悲しむ不幸を乗り越えるスーパー兵士がいたりする。あと、たまにスーパー兵士が出てきたりもする。
ついで言えばヒーロー映画「アベンジャーズ」シリーズも、「アバター」も、うっすら「米軍万歳」の香りが漂っていると気づいている人も多いと思う。アメリカ人にとって「隊を成して戦う」と言えば米軍であり、勝利の美酒や兵站の辛苦やそれぞれの家族への想いなども、米軍をベースにしないと考えられないというのがよくわかる。
戦争の不条理さを語ってはいるものもあるが、やはり星条旗がはためいている雰囲気がある。
「日本もの」はどうか。
とにかく「悲惨な被害」をベースに、悲しい別れや高潔な死、または戦争の愚かさしか描いてはいけないことになっている。兵士の苦労や工夫などが描かれることはあるものの、もはや日露戦争や日清戦争の勝利や、真珠湾攻撃以降の国を挙げての大盛り上がりをテーマとして映像化などしてしまったら非難轟々(が待っている気がするので映画化できないの)である。描いて良いのは太平洋戦争の悲惨さ「のみ」であり、塗炭の苦しみであり、戦後の復興である。それを踏まえないと、日本の戦争映画ではない、とまで言われる気がする。
だからアニメとか、漫画とか、怪獣とか、を利用して、題材の下地の下地にするしかない。
「アメリカもの」も「日本もの」もそれぞれ、通底する思想はどれも同じであり、それを観て沸き起こる感情は、毎回同じだ。
ロシア人が、戦争映画についてどう考えてるかなんか、考えたことがなかった。
アメリカ兵がアフガニスタンでタリバンと戦う絶望的な映画『ローン・サバイバー』は2013年の公開だ。舞台は2005年。
同じようにイスラム過激派と、ロシアもシリアで戦っていたことになる。
アメリカはタリバンと。
ロシアはイスラム国と。
ではタリバンとイスラム国は?
これはこれで、ぜんぜん仲良くなんかしていない。
同じスンニ派のくせに、所詮は経済的な理由で権力を奪い合っている。
それを考えただけでも、『ローン・サバイバー』のアメリカと、『ヒューリー・ロード』のロシアは、それぞれ、なんで戦わなきゃならんのだ?という感じがしてくる。
タリバンとイスラム国で戦ってればいいじゃないか。
上記のように、出てくるのはいつも国名・派閥名であり、実際の戦場に行くのはいつも名前があり故郷があり家族がある個人だ。
今はスマホがあって、国際電話で割と簡単に家族と会話することが出来る。
少しだけ心が和むその描写は『ヒューリー・ロード』に顕著で、それはロシアとシリアの地理的な近さが関係している気がする。『ローン・サバイバー』にそんな余裕はなかった。
ロシアは徴兵制があるので、従軍している間に政府首脳部が「戦争をする」と決めてしまったら出兵しなければならない。部隊と、作戦によっては明日7割くらいの確率で身体が吹き飛ぶ最前線に配備されてしまうかも知れない。明日命懸けて生き残っても、明後日に戦争が終わったりはしない。今月の給料が振り込まれる頃、自分はもう生きていない。
そういう感覚は、日本人にはもうわからない。
職業軍人なら仕事としてプロとして、その職能をぞんぶんに発揮できる場所ではあるので、戦場は「祖国の誇り」と共に意気上がる場所なのだろうし、そういう教育・訓練を受けてもいるのだろう。
だけど、やっぱりナニ人であろうが、全体的には戦争なんか止まればいいのにと思ってるのは同じはずだ。
多くの兵隊は、戦争が終わればなんらかの仕事をしている凡人であり、趣味人であり、家庭人である。個性的な髪型にする時もあるだろうし、高価な時計を買うか買わないか半年悩んだりもするだろう。家族と仲違いをしてストレスを抱えている人もいるし、資格試験の勉強を中断してる人だっているはずだ。
古今東西、外国人に対する想像力というのはいつも、著しく低い。
これだけ、全世界に同時に同じ映像を見ることが出来るような世の中になってもまだ、文化の違う、隔たった土地に住む人らとは、完全には分かり合えない。
たぶん、現実から鑑みるに、地球人には無理なんだろう。
ワニとカバは同じ水辺で、その時その時の利害を考慮してうまく共存しているように見えるが、別にお互いを分かり合っているわけではない。そういう感じで、人類には知恵もあるし未来を想像する能力もあるが、基本的に、お互いを分かり合っているわけではない。
ここ数千年、有史を見る限り、どうやら想像力だけではカバーできないようなのだ。
だから、分かりやすく分かり合える部分を作った。
一つはもちろん言葉である。
共通の言語は作られなかった(エスペラント語の話者は100万人ほどいると言われている)が、二カ国後を話す者「通訳」の存在を重宝するという技を駆使するし、二カ国後をマスターするために「勉強する」という作戦を編み出した。
そして言葉を通して、他国・他文化で共有できる「これは上等である」「これは上位的な概念である」というイメージを作った。
これならお互いに理解し、遂行することで「上等な関係」を作ることが出来る。
例えば「高等な教育」を受けた、国境を跨いだ文化の違う二人は、「高等な教育」に含まれる科学的な知見や哲学的思考法や歴史的悲劇を、膨大な知識の一端として共有しているため、原始的な「殺して奪い合う」というような行動には出ない。
分かり合えるポイントが多数あり、「目指すべき高み」、つまり理想が似ているからだ。
異文化・異国人と真に分かり合い、分かち合う関係を気づくには、絶対に「地球規模に普遍的な、高等な教育」が必要だ。
それ無くして、いきなり共存して上手く行くわけがない。
こんな理屈は、排外主義でもなければ差別でもなんでもない。
アホでもわかる理屈だ。
それならばなぜ、「高等な教育」を受けているはずの各国(ロシア、アメリカ、イスラエル、イラン、シリアなど)の首脳が、かくも簡単に戦争をする決断に至ってしまうのか。
それは「儲かるから」だ。
それ以外にはない。
いくら領土を広げたって、赤字が増えるだけでは意味がない。
赤字が多くなれば自分の政権基盤どころか、国家そのものまでもが崩壊してしまう。
首脳陣の周りにいる、彼らを支える支持層が「儲かる」仕組みが出来上がっており、それは現時点の首脳陣が失脚したとて、システムそのものは残るのだ。
後釜に座った首脳陣と、それらを支える一部の支持者が儲かるようになっている。
だから選挙がなにより大事であり、もはやそこには「キリスト教vsイスラム教」などの宗教的対立や「共産主義vs自由主義」などのイデオロギー的な対立は存在しない。
これは嫌儲や陰謀論などではなく、国家が持つ宿命のようなものなのかも知れない。
実はそこそこヤバい段階なのでは!?
「実はやったもの勝ちだった」ことがバレてしまう時代に突入した今、ロシアはロシアの理屈を貫き通す自由があり、アメリカには「強いからしょうがないだろ」と焚き付ける自由があり、イスラエルには「じゃあ誰かが守ってくれるって言うのか?」と開き直る自由がある中、それらに翻弄される日本としては、上手く泳ぎきらないといけない。
「平和が大事」
「話し合うことが大事」
「憲法9条があるから大丈夫」
と言っていられた時代(言ってるだけで平和主義者と呼ばれた)とは、もう段階が違うのである。
不法滞在してるチンピラなどに時間を割いているのはもったいないと思う。早めにリソースを違う部署に持っていかないと、全体の対応が遅れる事態になる。基準を早く厳しめにして、線引きをしないといけない。その上で、「上等な関係」の構築を急ぐことが大事だ。
まだ地球人は、それぞれ各国・それぞれの文化圏が持つそれぞれの理屈を超える、共通の概念を持ち得ない。正確には、上手く使いこなせない。
荒唐無稽な例えで言えば、太陽系外から異星人が本当にやってきて地球の資源をあからさまに奪う、というような危機が訪れて初めて、地球人は「アラブとか石油とか言ってる場合じゃねえ!」「白人も黒人もねえ!」「神はとりあえずどれでもいい!」「歴史の捏造をちまちまやってる場合じゃねえ!」「基地に反対とか意味ねえ!」と言い合える時が来る。
経済的な理由で始まる戦争だが、皮肉にも、経済で大国同士が直接・間接につながっている現代だからこそ、お互いの国の政権を滅ぼして領土を蹂躙する、というような形での戦争終結はあり得ない。
どこかで停戦・どこかで和平・どこかで再燃・どこかで占領、みたいな、ジクジクと続くキズのように、完治せず引きずられていく。
ロシアはシリアで相当、嫌な目に遭ったはずなのに、ウクライナで同じことをやっている。
シリアでは介入者として。ウクライナでは侵略者として。
アサドが逃亡して内戦がとりあえず終結に向かったように、プーチン大統領が死ぬまで、ウクライナ戦争は終わらないような気がしてきた。
おろしや国酔夢譚 (文春文庫)




































