上掲の書は、日米双方（「地上」と「上空」）の史資料にもとづく空襲記録運動や自治体史編纂が行われていく中で、郷土の記憶や歴史を辿る過程で浮き彫りになる「原爆とのつながり」を追った人々について書かれている。
戦後、「それどころではない」から始まった復興。
生きるために懸命だった人たちと、原爆で吹き飛んだ2都市に収斂されてしまう原爆イメージ。
現在に至れば我々は簡単に「人類は」「世界は」「核は」と主語を大きくしてしまうことが可能だが、実際の現地ではそれぞれに、被害者・被爆者とその周辺、または「原爆は落とされなかったが、落とされたかも知れなかった」人たちにも個別の恐怖と怒り・震えと安堵があった。
時間が経過し、被爆二世もいなくなった時代になれば、どうやってその感情を伝えうるのか。取り組みはたくさんあるが、もしかしたら本書でも危惧されているような「安易な抽象化」が、もっとも避けられるべき要素なのかも知れない。
広島と長崎に原爆は投下された。
が、結果的に終戦を8月15日に迎えたので、2発で終わっているだけである。
B29爆撃機の発進基地があったテニアン島では、3発目の組み立てが進んでいた。
そして候補地は、広島・長崎の他にもあった。
京都／AA級
横浜／A級
小倉／Ａ級
新潟／Ｂ級
「京都にいる日本人は知的レベルも高く、その被害を報告する知識階層が多くいるので、情報を集めやすそう」
「盆地なので原子爆弾の威力や効果が最大限に発揮できそう」
というのが理由である。
「文化財が多く深い歴史があるから」と、戦後顕彰されていたのはどうやら噴飯物のようだ。
美術史家のランドン・ウォーナー（Langdon Warner)は日本の重要な文化財をリストアップしていたことが知られ、「伝統的な歴史の街である京都を温存するために尽力した彼が京都を救った」という神話的な扱いをされた時期があったらしい。
しかし彼はそんな軍事的な影響を与える地位にはおらず、軍事作戦の立案になんらかの進言をするような立場でもなかった。
広島は逆に、軍都ではあるが川が多く海も近く、原爆の威力が四散しやすい、という見立てがあったという。
新潟は原爆が2発、落とされた時に、「まだ大規模空襲を受けていない」という事実から「原爆が来るのではないか」という目算が立てられた。
現に長岡市には大規模な空襲があったにも関わらず、それを超える大都市である新潟市には大空襲は来ていなかった。そのため大規模な疎開が計画され、8月10日以降、実行された。市内は閑散とした。そして疎開した状態で、市民は終戦を迎えた。
それでも疎開する市民たちに、正確な「原爆が投下されるかも知れないから」という理由は説明されなかったようだ。
当時の新潟県知事による布告を見た市民はほとんどいない。公務員の一部すら疎開に一生懸命になった状況からしても、
そして小倉は、「当日、視界が悪かった」から、長崎に変更された。
見晴らしが良ければ、小倉に原子爆弾「ファットボーイ」は投下されており、長崎は助かっていた。
落とされなかった都市たち
「原爆が落とされた2都市とそれ以外の都市」という分け方とはまた違い、「落とされた都市と落とされる予定だった都市」という見方が加わると、戦争末期の破滅的な大虐殺を平気でやろうとしたアメリカ軍の怖さが別角度で震撼を呼び起こす。
アメリカのスラングには「nagasaki」というのがあり、「やり過ぎ」を意味するらしい。
アメリカ人でさえ、一部のまともな連中の中にはそういう認識が80年を経て、受け継がれている。
もしかすると終戦があと1ヶ月でも遅れていたら、候補地だった都市（東京湾、川崎、横浜、名古屋、大阪、神戸、京都、広島、呉、八幡、小倉、
下関、山口、熊本、福岡、長崎、佐世保）のすべてに原爆が投下された可能性すらある。
日本人としては広島と長崎だけに原爆のことを任せるのではなく、候補地だった都市にだけ被爆に対する検証を任せるのではなく、80年前の恐怖と憤怒を維持する動機を、どこかで再確認しないといけないのかも知れない。
今のアメリカを憎んでもしょうがないが、まだ世界に核爆弾は1万発以上ある。
「抑止力」以上の理屈を各国首脳が手に入れる前に、なんとかせめて「核爆発無効化兵器」みたいなのが開発されないかなぁ、と願う次第である。
