自論構築過程

「戦争反対」に意味はあるか?

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日本人にどうしても伝えたい 教養としての国際政治 戦争というリスクを見通す力をつける

 

「戦争反対」は正義。正義って?

ある種の人らが「戦争反対」という言葉を「平和の呪文」のように唱え、自己主張に使っているようです。
この四字熟語は地球上の誰もが反駁のしようのない、普遍の、普及の価値観を表す正義の言葉であるかのように見えるので自己主張に使いやすいということです。

概ね彼らは、「自分(ら)は戦争を憎む者である」というアピールに使っています。
それがまるで、かっこいいことであるかのように。

そしてその態度にもし、反論したりすると、おそらく彼らからは「ではお前は戦争に賛成なのか!?」という言葉が発せられます。

「戦争反対」を言う人は、「共に声を上げていこう!」と賛同者を募ります。
「賛同しないことは戦争に賛成する行為だぞ」と言わんばかりに。

皆、戦争は当たり前に起こらない方が良いとは思っているけれど、「お前に賛同したくないだけ」っていうパターンも、たくさんあるように感じます。

 

この「戦争反対vs戦争賛成」の構図は、そもそもおかしいのです。

戦争は起こる。
戦争は起こってきた。
たくさんの人が殺され、殺し、死んできた。
今も続いている。

では現時点で、戦争を遂行している国の国民は「戦争賛成」なのでしょうか。
「戦争に国是として賛成だから、戦争をしている」のでしょうか。

戦争賛成を掲げて、自ら侵略を掲げて、戦争というのは起こったりしないですよね。
戦争反対を掲げて、自らを侵略する者を阻む目的を掲げて、戦争は起こされます。

なので「戦争反対」だけを声高に掲げて叫ぶことは、戦争を呼び込んでいるにも近い行為だと言えるんです。
戦争に最も近い行為が、「戦争反対」なのです。

それが言い過ぎだとしたら、「戦争反対」を叫んでも、戦争を始めないためにはなんの役にも立ちはしないと言い換えることができるでしょう。

戦争をしないためにすることは、「戦争反対」を叫ぶことではないのです。
「戦争反対」といくら叫んでも、戦争が起こらないようにはできません。
彼らが叫ぶ「戦争反対」には、「戦争について考える・語ることにも反対」が含まれてしまってるんです。

言霊(ことだま)だ、言葉が力を持つのだ、と「戦争反対アピール野郎」は言うけれど、それならどうやら現実とは合いません。
言霊信者のほとんどは「自分って美しい心の持ち主でしょ」をアピールしたいだけの自己顕示欲炸裂野郎なので、現実がどうなろうが、世界のどこでどんな戦争が起こっていようが、目の前で、平和で、静かで、なんら侵略の可能性のない安全な現状で、安全地帯で、「戦争反対」と言いたいだけなのですから。

彼らが叫ぶ「戦争反対」には、「戦争について考える・語ることにも反対」が含まれてしまってるんです(2回目)。

例えば「殺人反対!」と叫び、プラカードを掲げ、行列をなしても、殺人はどうやらなくなりません。
殺人をなくすことと、「殺人反対」を叫ぶこととはなんの関係もないからです。
殺人はあらゆる強欲・あらゆる怨恨・あらゆる暴力が結託したときに、個々の事情が押し迫った時に起こるのであって、個人個人の信条が「殺人反対」であるかどうかなどは関係がありません。

だから「殺人反対」と大きめの紙に書いて広げ、駅前で高々と掲げて叫んでも、殺人が減ることにはなんら、寄与しないのです。
言霊が発動するのなら、とっくに殺人はこの世からなくなっていないとおかしいのに。
自己アッピールのための「殺人反対」には、なんの意味もないどころか、害悪が含まれてしまうでしょう。
殺人を減らすための努力をすら否定する言葉にも、見えてしまうからです。

彼らが叫ぶ「殺人反対」には、「殺人について考える・語ることにも反対」が含まれてしまってるんです(2.5回目)。

戦争が起こらないようにするには、具体的にやることがあるはずです。

現状、国際政治では、国政を担当する政治家と官僚が、その外交的な場と確保した情報交換ルートにおいて、丁々発止のやり取りと駆け引きをすることによって、バランスを維持しています。

国際的な場ではたくさんの国々の担当者が、バッティングするに決まっている利害関係を、なんとか戦争にならない按配をキープしているのです。各々の国には文化や地域や宗教観に根付いた「論理」があり、完全に異国のそれを理解することは難しいですよね。そこには「選択的譲歩」もあるでしょうし、「温和な恐喝」だってあるでしょう。

自国内で怒りや反発は少々生まれるが、ここを譲ってそちらのメンツを立てる代わりにこちらのこの主張は通させて欲しい、というような、発表はされない高度な政治的な取引もあるだろうと推測できます。

例えば竹島問題において、現在は韓国もその領有権を主張し、接岸施設を勝手に建設しています。
日本の短絡的な右翼おじさんはこれを見て怒り心頭、「焼き払え!」などとアホの一つ覚えを繰り返していますね。
家族との不協和音も町内のご近所問題も解決できないおじさんが、なぜか国家間同士の紛争は一言ですべて俯瞰できているようなことを言っています。歳をとっただけのアホです。

とは言え、「竹島はどちらの領土か?」と設問すれば、「日本の領土です」以外の答えはありません。
絶対に韓国の領土ではないのです。
しかし現実を見れば、両国が領有を主張している状態であり、実行的な支配を、韓国がしています。

これは勝手な想像ですが、もしかしたら日本と韓国の間には「竹島についてはある程度までは韓国に譲るので、他のジャンルでこちらの主張を飲んでほしい」という、隠密の取引があるかもしれないんですよね。

「韓国民は竹島を譲ることについて感情的に許せず、内政的に重大な混乱を招く恐れがある。日本国民側ならなんとか慰撫することが可能なので、そういうバランスでよろしく」、と。

上記は私の勝手な想像に過ぎませんが、実際に「竹島密約」なるものが存在したと噂されています。
それは「解決せざるをもって、解決したとみなす。」という方針に貫かれたもので、1965年から続いているそうです。
物的証拠は何もないですが、60年を経た現状がその存在を証明している…ようにも見えてきます。

公式には日本政府も否定していますが、そういう類のものが公にならない形で、国際政治の場には「ある」と考えるのが自然とも言えるでしょう。

外務省
竹島の領有権に関する我が国の立場と韓国による不法占拠の概要
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/gaiyo.html

もしかすると尖閣諸島においても、国内外の一般的な議論をよそに、政府間には密約があるのかも知れません。

そう、これは「戦争さえ起こらなければ、何したっていいのだ」ということを表しています。

短絡ネトウヨおじさんらが口先だけで言っているような「断交だ!」なんていう幼稚な結論では、国際社会は動いていないんですね。
残念、ネトウヨおじさん(ら)。

戦争にさえならないように、あらゆる手練・あらゆる手管を使って、交渉を続けること。
その交渉を何代にも渡って、何十年も、とにかくひたすら繰り返していくこと。
それによって「戦闘・戦争がない状態=平和」を、出来るだけ長く引き延ばすこと。

これを、国際政治の場ではやっているのだろうと推察します。
それが、外交というものなのでしょう。

考え方によっては「屈辱的な平和など要らない」という方針もあると思います。

侵略され、強奪され、陵辱され、戦闘は終わった。
戦争終結で訪れる平和。
敗北と支配。
屈服と強権。
服従と強制。

「その屈辱にさえ耐えれば平和だ」というのを「平和」だとカウントするならば、「平和の実現」はある意味、簡単かもしれません。
武器を捨て、戦略を捨て、黙って侵略されて、近隣の大国に飲み込まれ、生殺与奪の権を奪われたままただ動物のように生きれば良いからです。
その国の制度に組み込まれ、差別され、その国の二等市民としての平和を享受できるでしょう。

でも「戦争反対」をただただお気に入りの四字熟語のように「ぼくちゃん、社会のために良いこと言ってますぅ!」みたいな顔で繰り返している人らの脳内では、そんなシナリオは動いていないようです。

彼らはなぜか「平和を謳う我々に、酷いことをするなんて許されないから!戦争には巻き込まれない!」と信じています。

その「許す・許さない」の判断は誰がするんでしょう?
侵略した側がするのです。
巻き込むか巻き込まないかは、誰が決めるんでしょう?
侵略した側がするのです。
侵略される側とする側、それ以外の上位の存在である(神のような)裁定者による賞罰など、そこには存在しません。

つまり「戦争反対」と言っている人らは、勝手に想定した、なんらかの上位存在に甘えている状態なのです。
彼らが甘えている、この場合の上位存在とは何か。国です。政府です。及び、外国の政府です。
まことに身勝手な、蒙昧な、幼稚な論理でイキがっているだけなのですね。

 

やるからには、戦争には勝たなければなりません。

先ほど書いた「戦争が起こらないようにするには、具体的にやることがある。」の一つには「能力を持つ」ことがあります。

わかりやすく言い換えれば「戦争が出来る力を持つ」ということです。
兵力・武力。

戦争に勝てる兵力・武力を持って、持った上で、「戦争をしない」。

これが「戦争をしない」ということです。

これ以外の選択肢は存在しません。
それが現実です。

兵力・武力を持たず、他国が本気を出したら1週間以内に全土を支配されてしまうような国に「戦争をしない」という選択肢はありえないからです。

確かにそれは「戦争」ではないかも知れません。ただの「侵略」と呼ばれるだけ。

「戦争反対」を言っている人らによる「戦争をしない国」というのは、ただただ侵略され陵辱される国のことであり、「戦争のできる国」をまるで侵略する国のように思い込んでいるんですね。

「やるからには勝つ力」があって初めて、「戦争をしない」という選択肢が生まれるのに。

勝つ力のない者には、喧嘩の仲裁すら出来ようはずがありません。

ロシアのプーチン大統領はウクライナに「勝てる」と見込んだからこそ戦争に踏み切ったんでしょう。
楽勝だと思ったらそうではなかったという誤算はあったものの、「勝てるかどうかは時の運!」という博打で「特別軍事作戦(ロシアでは戦争ではなくウクライナ侵攻をこう呼んでいる」を始めたわけではありません。

「戦争できる力・勝てる力」を持った上で、「戦争をするか・どうか」。

しっかりしたコントロールを民主主義において日本国民ができるかどうか、が重要なのであって、「戦争に反対するか!?賛成するか!?」などという幼稚で低次元で意味不明な二者択一で遊んでいる場合では、ないのです。

もし攻められたら敵軍隊を完膚なきまでに撃退し国土・生命を守る、これが出来る状態を保持して、こちらからは絶対に手を出さない。
戦闘になったら敵の兵士の命を奪うことになるでしょうが、それを敵国に恐れさせるだけの意気込みと練度を、持ち続けること。
その武力と気概と予算と度量と哲学をもって、多国間の紛争を仲裁できること。

そういう自問自答・矛盾・懊悩をすっ飛ばして、「戦争反対」という無意味なお題目だけを叫んでいるというのがいかに幼稚で、曖昧で、模糊で、卑怯かがわかるでしょう。

卑怯というのは、現実から目をそむけ、具体性の微塵もないただの曖昧な四字熟語を唱えていただけなのに「自分は、ずっと正義だった!」というアリバイを作っているという意味で、です。

現実に一般国民ができることは、戦争に対する具体的な策を講じる案を持っている代議士を、選挙で選ぶことしかありません。もちろん、「戦争反対!」と叫んでいるだけの党の党員を選ぶこととは違います。

彼らが叫ぶ「戦争反対!」には、「戦争について考える・語ることにも反対」が含まれてしまってるんです(3回目)。

どこかの国に所属する限り、宇宙と一直線に結ばれただけのような「孤高の存在」であることは不可能です。
「地球市民」などという幻想も、意味を持ちません。
たとえ何ヶ国語を話せても、日本に国籍があるのならその時点で、外国軍からは日本人として殺される対象になります。

「戦争ができる国」は、悪いことではないのです。
「戦争に勝てる国」も、悪いことであろうはずがない。

「その上で、戦争をしない国」こそが素晴らしい。

それプラス素晴らしいのは「戦争にならないように持っていける国」でしょうし、そのためには早く「戦争ができる国」にならなければならないのです。

それが現実であるし、永遠にループし続ける大問題(経済的にも)なのです。

これは、何もタカ派な、好戦的な主張でもなんでもありません。
実に現実的で、なおかつ消極的で、最低限で、控えめな意見です。

「戦争反対」の意味のなさを改めて考えてみたら、彼らのなんと大胆で、豪快で、アホらしいことか。

あんな風になれたら、なんと楽なことか。

「戦争反対」は、理念ではなく呪文なのです。

 







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