ロシアの謎
どうもロシアは「領土を増やすのだグワハハハ〜」みたいな野心で侵略戦争を起こしたのではないっぽい。
少なくとも、そんなことは絶対に言わない。
プーチンは2022年の年末まで「戦争」という言葉すら使いたがらず、「特別軍事作戦」と言っていた。
「これは正義の戦いなのだ」と言いたいのだ。
「我々の目標は軍事紛争を拡大させることではなく、逆に戦争を終結させることにある」と。
つまり「悪いのはウクライナだ」と。
自分の国にこそ理があるとしなければならないのは戦争を始める以上、当たり前なことだ。
「我らは悪の組織。悪が世界を支配するぞ〜」と言い出して始まった戦争は、史上一つもない。
2002年、アメリカのブッシュ大統領は北朝鮮・イラン・イラクを指して「悪の枢軸」と呼んだが、その3つの国だとて、国民全体が悪の組織の構成員なわけはなく「悪の」となじっても何の解決にもならなかった。「ジャスティス」であるはずの超大国アメリカの軍事力を持ってしても、3つの国はなくなってすらいない。
ロシア人はどういう感じで、ウクライナに攻め込める理由を正当化しているのだろう?
たとえば日本人なら「竹島・尖閣諸島・北方四島は日本の領土である」と認識しているが、3つのうち2つを他国に実効支配されている。竹島は人の住める島ではないが、韓国が施設を建設して占領している。歴史的経緯からするとどちらの領土かと言えば日本であることは間違いないのだが、まぁここで本気出して敵意や戦意を見せなくてもあんな場所、韓国の好きにさせて支配欲を満足させてあげて上機嫌にさせておけば良い、という「全体のバランス」から放置しているような感じがある。そこで満足させてあげてる代わりに他に譲歩しろよ?という交渉材料としてさえ使える。島の実効支配はその周辺の海域をどう利用するかに関わってくるからそんなに悠長ではいけないとも思うが、高度な政治交渉においてはやはり「竹島で譲歩してるんだから」というのが何らかの取引カードになっている可能性はある。短絡なネトウヨらのように「奪還せよ」「火の海に」などという空虚なおじさんの勇ましさだけでは回らないのが国際的な駆け引きというものなのだろう。
ロシアは、1991年までソ連だった。
ウクライナやベラルーシなどもソ連だった。
やはり国民感情や政治的方向性がコジれているのは、そこからのようだ。
ナショナリズムのねじれ、と呼んでもいいのかも知れない。
日本のように「戦争にも負けたけどとりあえずずっと日本」みたいな国とは、危機感や領土感覚がおそらく違うのだと思う。暮らしている人たちにはもちろん、一族や領民としての連続性・一貫性があるが、政治的に壮大な実験としてのソ連を経験しているだけに、その負の遺産もかなり大きいはずだ。
プーチン大統領は2022年9月末日、ウクライナ東部に並ぶルハンシク・ドネツク・ザポリージャ・ヘルソンの4つの州を併合したと宣言した。
2014年にはクリミア半島を強襲し、ロシア軍と親ロシア派自警団によって「住民投票」を実施、クリミア住民自身がクリミアの併合を望んだという体裁をとって支配しているが、そもそも軍事侵攻によって占領・支配が可能だという事実を認めるわけにはいかない、という綱引きをしたままウクライナ戦争が始まったし、同じ手法で東部4州をロシアは「奪還」した。
放っておくとウクライナ全土、その他東欧の国々にその手法は「適用」されていくだろう。
ドイツとの…
ドイツが開発したレオパルド2という優秀な戦車は、ヨーロッパ諸国に販売され制式採用されている。
戦車などの兵器は、売り先がエンドユーザにならなければならないという契約で販売されており、製造国ドイツの許可なくして勝手に第三者(この場合はウクライナ)に供与することはできない。
だからドイツがどうするか、どう判断するかはウクライナが戦争をどう戦うかを左右するポイントの一部となった。
一気に何百台も供与はできないので、徐々に数を増やし、それに伴う人員補充や訓練も進めていく段取りとなったようだ。
これに対してプーチンは「ナチス」という言葉を出してロシア国民を鼓舞した。
第二次世界大戦中、「独ソ戦」と特に呼ばれる殲滅戦で、ロシア(ソ連)とドイツは悲惨な戦いを演じ、なにせ相手がヒトラーだっただけに、ソ連は正義側(連合国側)として勝利した感じになって終わっている。この独ソ戦の時、すでにソ連国内ではスターリンが大規模な粛清をやっており、優秀な軍人や歴戦の将軍を殺しまくっていた。そのせいでソ連軍は戦線が維持できず、作戦がうまくいかず(いくわけがない)、ものすごい数の兵士が死ぬことになった。それにしてもナチスに勝ったという記憶は、ロシア人の誇りを刺激する。レオパルド2という「ドイツの戦車」は、昔から燃やす機会を狙っていた「ドイツ!何するものぞ!」という古い戦闘意欲をかき立てるのに役に立つようなのだ。
第二次世界大戦では、共産主義が世界に広まることを恐れつつもドイツ(ヒトラー)を止めることを優先してソ連と手を結んだ連合国だったが戦後、ポーランド領の東部をよこせというソ連の要求を飲み、ソ連は「東側」として、アメリカとの冷戦時代に向かっていく。
日本はドイツがヨーロッパを席巻し勝ってくれるだろうと勝手に楽観しており、どうせイギリスは負けるしアメリカもいい感じで仲裁してくれるんじゃなかろうか、くらいの感覚で戦争を始めてしまい結果的には全部裏目に出て原爆を落とされるまで突き進む。
敗戦後、ソ連は「じゃあ」と連合国との密約通り、日本との条約は無視して北海道まで占領する気で攻め込み、満州などにいた日本人たちに対して虐殺・強姦・略奪の限りを尽くし57万人以上が拉致され少なくとも6万人以上が殺されている。その時も、ソ連軍では残虐で無秩序な「囚人軍」が採用されており、「お前ら好きにやってこい」的な命令で非道の限りを尽くした。根拠薄弱で曖昧な「南京大虐殺」など霞むような大戦争犯罪である。現在、エフゲニー・プリゴジン率いる民間軍事会社「ワグネル」がやっているのもそれだ。
2022年2月27日の侵攻・占領後、ウクライナの首都キーウの西部にあるブチャという街でロシア軍は無抵抗の市民を虐殺した。
戦争中とは言え「ロシアはやはりこれくらいのことを平気でやりやがるのか…」という認識を新たにした世界の人たちは一斉に非難したと同時に、これはウクライナが両手を挙げて降伏したとて虐殺・強姦・略奪は起こるぞ、ということを2020年代に入って、証明されたことに驚愕した。
日本の識者たちの中には「とにかく停戦すべき。戦闘をやめて話し合いの段階に入るべき」と言って“平和主義”者としてドヤ顔を晒していたが、ブチャでは完全な占領下で、無抵抗な一般市民に対して震撼すべき蛮行が行われたのだ。
日本の“平和主義”者の言うことなど、毫も役に立たないのである。彼らにしてみれば今「停戦交渉をしろ」と言っておくことで「あの時点で平和を訴えていた。どんな時にも平和を愛す俺」の証拠にはなるだろうが、停戦交渉は「殴るのをやめてください」と殴られっぱなしの側が言っても「あと10発殴ったらやめてやる」と言われるだけであり、9発目に「あと10発追加な」と追加されても文句が言えない。
戦いが戦いとして成立し、殴り始めた方が「これは止めた方が得か」と判断できて初めて、交渉のテーブルがせり上がってくる。聞く耳が生えてくる。
「戦時の政治家とは」なんて日本からのご高説がいくらあったとしても、ロシアにも「正論」があるのだ。「ウクライナが悪いのだから」とロシアが言っている限り、ウクライナが「停戦したいです。武器捨てますんで」なんて言い出したらロシアが納得するまで殴られるだけなのだ。実際には殴っているのではない。ミサイルや機銃で殺しまくる。女性は強姦したあと内臓を引きずり出されて殺される。
国家として世界最大の領土を持つロシアには、いわゆる「ロシア人」のイメージの人たち(プーチン様のスラブ系白人)だけでなく、アジア系の人たち、朝鮮系の人たち、イスラム教の人もいる。多民族国家だが、まるでモスクワがすべてを統治・統括しているようなイメージを我々は持っている。あんな大きな国が一枚岩なわけはないが、なぜか民族運動で常に荒れている国、というイメージはない。それはロシア政府がそういう情報を出さないようにしているからだろう、それしか考えられない。情報統制はソ連以来のお家芸。あの広大な国土で、多様な民族がモスクワ政府が決める政策に全員一致で「ダー」と言うわけがない。
西欧近代と資本主義を否定し、新しい普遍性を打ち立てようとした共産主義運動は、当初は西欧対非西欧という分断を乗り越えようとするものでしたが、結果的には、冷戦構造の中で欧米との対立関係に囚われてしまいました。西欧に憧れるか、あるいはそれに反発して民族の伝統や宗教に回帰するか、という19世紀以来の構図が結局はソ連時代のロシアでも繰り返され、やがてソ連崩壊の一因となりました。
ロシア・ウクライナ戦争とナショナリズム
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/z0405_00001.html
プーチンは支持されてる
ソ連が崩壊した後、民主化したとは言えロシア国内の状況はそうとうに悪かったらしい。
20年ほど前に、プーチンが権力を握ってからはそれが格段にマシになったそうだ。
だからソ連時代を知るロシア国民は、プーチンを支持する理由を持っている。
「完璧とは言えないが、彼はよくやってくれた」と言えるのだ。その上、まがいなりにも西欧諸国と対等に渡り合う気概を持つ大統領なら、国民は英雄視するのかも知れない。一歩も引かずに戦う勇猛なリーダーをこそ、ロシア人は好くのかも知れない。
勝手に西側諸国の価値観を共有していると思い込んでいる東洋人・日本の我々には、ロシアが抱える歴史的・政治的・地理的コンプレックスや怒りや虚しさや沸点が、ぜんぜん理解できていないような気がする。
2020年、ロシアは憲法改正した。
3章67-1条で
「千年の歴史によって団結し、我々に理想および神への信仰、ならびにロシア国家発展の継続性を授けた祖先の記憶を保持する」
と掲げられた。
千年の歴史ってなんなのだろう。
そこから連なる「神への信仰」という言葉を見ると、この「神」が、イスラムや仏教の「神」でないのはわかる。
ロシアの政体をモスクワ中心に維持するためにはハッキリ言うわけにもいかないのだろうが、「千年の歴史によって」という部分において、ロシア正教を指しているのだ。宗教的・思想的主体は、ロシア正教に基づいた国家なのだと宣言していることになる。
ちなみにロシア正教会トップ (モスクワ総主教)のキリル1世は、プーチンと同郷でKGBのエージェントだった。
憲法を改正することで、プーチンは権力をさらに揺るがないものにしているようだ。
そして上の条文は、いつの日か憲法を盾に、少数民族を弾圧する根拠にできるということになる。
ウクライナが「負ける」ことはない
EUとアメリカが武器供与という形で支援している限り、ウクライナが負けて終了という結末にはならない。
ロシアがウクライナ全土を征服しウクライナ国民はロシア軍によって陵辱され街は徹底的に破壊されロシアから植民地として好き勝手に使われる、という未来にはならない。
ウクライナの負けは、西側諸国の負けだからだ。
もしウクライナが降伏したら、ソ連時代を生き抜いてきたロシア人は嬉しいだろう。
なにせ直接的ではないにせよ、冷戦に勝ったことになるからだ。
EU諸国やアメリカが加盟しているNATO(北大西洋条約機構)。
1949年に結成された同盟だ。
それに対抗して東側諸国は1955年、ソ連の主導でワルシャワ条約機構を作った。
ソ連の崩壊に至る過程で瓦解し、解散となり、東欧の国々は民主化していった。
「NATO加盟国への攻撃は他の全加盟国への攻撃とみなし、自国として反撃する」と決まっている(第5条)から、ウクライナのNATO加盟は、いまだに受け入れられないのだ。
なんだかもどかしいというかややこしいところだが、今ウクライナのNATO加盟を認めてしまうと、加盟国はロシアと即時、正面切って戦争をしなければならなくなる。
ウクライナは政治的に問題が多い(汚職が蔓延している)ので、EUは「基準を満たしていない」という理由を突きつけて改善を要求している。ゼレンスキー大統領が大統領府の副長官、副検事総長、キーウやヘルソンの州知事などを解任したのは、NATO加盟に向けてのアピールである。
そしてロシアは、ウクライナはNATOじゃないし加盟はできないと踏んでいるから侵略を始めた。
全面戦争にはならないしアメリカも踏み出せるわけないから、とタカをくくっているのである。
その割には侵略開始の2022年2月から数週間で終わるであろう目論見は、ウクライナ軍が強くてぜんぜん思い通りになっていないわけだが。
この戦争はやめるべきか
「停戦すべき」はまったくいつも、間違いなくその通りだ。
大国の、お偉いさんたちの思惑がどうであろうと、政治的にどんな道理があろうと、爆撃や戦闘があって先に死ぬのは一般市民と前線の兵士たちである。
明日から停戦、と言われたとて今日が停戦でないなら今日中は弾丸や砲弾が飛んでくる。それに当たったら明日から停戦でも今日死ぬ。
すでにお互いを殺された恨みも蓄積している。
実際に戦う者や殺される無辜の人らは、お互いに憎み合っていたはずもないのに、である。
電車やカフェや競技場や工事現場で、お互いの故郷を語り合い、笑い合い、譲り合っていたであろう人たちが、である。
ましてや、何もしてない子供たちをや。
https://twitter.com/front_ukrainian/status/1623043901173993518
だけど、日本の“平和主義”者たちが言うように「戦闘を止める」という目的で、ここでウクライナが抵抗をやめ西側諸国が援助をやめロシアの譲歩を期待すると、やはり上記(ブチャ)のように何が起こるかわからないし「やられた方が停戦を求めるまで、休まず攻めたもの勝ち」という先例ができてしまう。
「どんなに世界がギャーギャー言おうが、「止めてください」と言われるまで殴った方が得。こちらの言い分が正しいと突っ張れる。」ことが通用してしまうのだ。
これが通用してしまうと、同じような軍事力・同じような政治的野心・同じようなパワーバランスを持った国が、「ああ、あれ通るの?じゃあウチも…」と必ずやり始める。
中国が、台湾を侵略する。
現在、iPhoneなどのスマホに入っている半導体のほとんど(約6割)を、台湾の会社(TSMC)が作っている。日本からすると、台湾を占領されると船による航路にすべて、中国の許可が必要なことになってくる。
いやそれどころか、ものすごく台湾に近いところに与那国島がある(111kmしか離れていない)。
台湾に軍事侵攻した中国軍が「近いけど与那国・石垣・イリオモテなどには絶対に手を出してはならない」と別扱いしてくれるとは、どうしても思えない。
台湾だけをピンポイントで攻撃して上陸して蹂躙するのを、日本はただ黙って見ているだけなのだろうか。
沖縄には米軍基地がある。
アメリカには「台湾関係法」という法律があり、台湾本土の防衛は米軍の義務ではないと決められているものの、その時の大統領が判断する。
おそらく放置はしないから沖縄の米軍基地から、中国本土の基地へ爆撃機を飛ばす。第七艦隊が東シナ海を南下する。
その時に「日本さん、沖縄から米軍機、飛ばしてもいい?体調どう?ダメならやめとくけど」というお伺いは、立ててもらえない。
本土を爆撃されることがわかっているのならその爆撃機が離陸する基地を攻撃するのは当たり前なので、中国機による沖縄爆撃が始まる。
「台湾有事」では自動的に、日本が戦闘や爆撃や戦死者という形で完全に巻き込まれるのである。
重要なのは、中国にそれをさせないことだ。
中国が台湾を攻めたら、敵に回った欧米諸国ならびに日本との関係上、中国に著しい損害が出る。
中国もロシア同様「悪の国家です」で無軌道に振る舞うことを標榜しているわけではないから、正義の旗色がくすんでくるならやらないほうがマシであり、援護してくるすべての敵国同盟の軍事力を合わせて計算すれば、こりゃ勝てるかどうか危ういぞ…と思わせておかないといけない。
「攻め込んだ結果、どえらい損害だし政治的には転覆に近い(主導者が殺されるなど)感じだし、経済はズダボロだわ歴史に汚点は残すわ…ダメだこりゃ」というイメージを、しっかり浮き彫りにしないといけない。
そのために、つまり日本の安全のために今、ウクライナを応援しないといけないのだ。
「喧嘩両成敗だから」なんていう“平和主義”的な妥協案はそっくりそのまま、中国の台湾侵攻の言い訳を作ってしまうことになる。
戦闘じたいが起こらないことが、一番いい。
どんな爆弾だって、炸裂しないのが一番いい。
だけど始まってしまったら、「始めたやつに得をさせない」がもっとも有効で、選ぶべき道なのだ。
どんなに汚職がひどいウクライナだとしても、
どんなに悪人がいるウクライナだとしても、
「だからと言って戦車で侵略していい理由にはならない」。
これを忘れてはいけない。
ウクライナ問題は、早ければ数年後に起こる「台湾侵攻」に直結している。
もしかしたら日本が巻き込まれ台湾〜沖縄に神経が集中している時に、今回疲弊するとは言え生きながらえたロシアが中国と連携し、北方領土を拠点にして北海道に攻めてくる…ということさえも、あり得るのである(同時に、新潟あたりには北朝鮮軍が)。