統一地方選挙の記憶
ただでさえ露出狂のようなドタオカ(ドタマのおかしいヤツ)が、昆虫のように暖かさにつられて這い出してくる季節だ。地方選挙は、こんな春にするものではない。権利の行使という名分でわけのわからない、選挙どころか人前に出ていいのかお前は?まともか??というレベルの人物がたくさん、立候補してくる。努力も積み上げるものも信頼感もなしに一足飛びに偉くなれるような気がするからだろう。500票くらいあれば当選が可能な選挙区もあったりするらしいから、そんな頭のおかしい、冷静さをかいたバカがうっかり当選してしまいかねない。どうせ、いずれ色んな理由と言い訳をして自滅・自壊することは分かりきっているが、当選したら、平等に議員として扱われる経費がかかる。誰かに利用されていることも理解できない輩だ。地方の議員を目指すのに「国防」とか「消費税」とかを大看板に挙げて立候補してる奴は間違いなくバカなので、できれば光の速さで落選してほしいと思う。
時間の記憶
地球が自転を1回するのに約24時間かかる。これをして「誰しもに平等に与えられているのは1日24時間という時間だけ」という言葉が流布されている。名言を利用し、自分も名言を吐く人物になりたくて仕方がない連中は、これを多用する。しかし「自転の24時間」と「自分に与えられた時間」に、なんの関係があるのか。スタートも違えばゴールも違う。人生は誰かとゴール順やタイムを競うレースではない。終わり(寿命)が違うのに「平等に与えられている」などと考えてしまうのは間違っている。「自分には自分にしか流れていない時間があり、他人と交わることもあるが、独自のスピードである」と考える方がよほど妥当だ。1日は24時間以上ある場合もあるし、18時間しかない時もある。時計はただ、地球の自転を便宜上、分かりやすく記しているに過ぎない。もちろんそれを利用してカップ麺の出来上がりを計るわけだが、例えば犬の寿命が人間の6倍早いと考えた場合、犬にとって地球の自転は4時間で1周、ということになるだろうか。時間などにとらわれるだけでは、人生という概念は理解できない気がする。しかし遅刻は良くない。
遺族と極刑の記憶
犯罪被害者になってしまった人の遺族にならないと、その本当の気持ちなどわかろうはずもない。しかし被害者遺族の心情がすべてに優先するような刑罰決定の仕方になることは、さらなる被害者を生む原因になってしまいかねない。だから仇討ちや復讐の機会を国家は個人から剥奪し、国家が代理で刑罰に処すという方式を採る。江戸時代ですら、仇討ちは「1回まで」と定まっていた。そんなもので当然、遺族の気持ちが収まるわけはない。現代のように、判例やその他個別の判断で淡々と、事務処理でもするかのように量刑が決まってしまっては、失われた命に対する侮辱だと感じても仕方がないと思う。酩酊するほど酒を飲んでトラックを運転し、渋滞の最後尾に突っ込んで死者を出した運転手に、懲役4年の判決しか出ない。服役を終えた犯人を探し出して、息の根を止めてやると遺族が決意しても、まぁまぁと諌めることなど、我々にできるだろうか。賠償金をいくらもらっても、失われた命は戻ってこない。加害者になりたくてなったような犯人や死刑執行が確定した受刑者には、希望があれば遺族が関与する制度の整備が、せめてあっても良いのかも知れない。
アイドルの追っかけの記憶
アイドルの「手を握る」について話題になっていた。「握手会」に通っていたオタクは男性としてカウントされていなかったのか…という趣旨らしい。日頃「応援」とか「頑張ってる姿を」とか」「妹や娘のように」などと綺麗事を言っている、親に近いくらいの年齢のおっさんたちの、若いアイドルを性的客体として見做している本音が漏れ出ていて微笑ましくもおぞましい。気持ち悪いか気持ち悪いかで言うと、自分の身なりに頓着すらせず10代の女性を追いかけ回している男性が、気持ち悪くないわけがない。気持ち悪くならないような最低レベルの気遣いさえしていないことが気持ち悪さをより、増幅させている。それが「性的対象として」「男として」「恋愛ワンチャン対象として」見られようとしているというその客観性の無さから来ていることに、自嘲・自虐出来ているつもりのおっさんたちは、早く気づかなければならない。グッズやライブに収入の多くを注ぎ込む前に、まず歯医者へ行け。
タクシーの記憶
19901108。この数字はCOMPLEX活動停止前最後のステージとして、1夜限りの東京ドーム公演が行われた日として記憶されている。2011年に同ユニットは震災復興を掲げて2夜限りの復活を果たした。そのライブを、私は見ることが出来た。33年前の同じ日。1990年11月8日、長渕剛の「JEEP」ツアーのライブを私は大阪城ホールで見ていた。東京ドームのことも同時に考えており、だからこそこの数字をよく覚えている。そして会場から駅へ向かうまでの道で、見知らぬ「剛ファン」と長らく歌って騒いでしまい、終電を失った。やむなくタクシーで帰宅することになってしまい、その支払いは15,000円を超えた。友人と二人、なんとか所持金を振り絞って済ませたが、そんな高額な料金をそれ以来、払ったことがない。高校生だった。