自論構築過程

2018年の大晦日に考えるようなことではないけれど。

2018年が1年分の時間を使い果たし、終わろうとしています。

「一年は早い」。

あと何十回、これを言えるんだろう。

早いんだからもう、しっかり認識して、
そろそろ毎年「一年て、うん、こんなもんだよね」と言い合えればいいのに。

だんだん歳を重ねるにつれて、
昨日と今日の違い、明日と明後日の区別、
一昨日と来週との見分けがつかなくなってくる。

生きていくことは便利を追求していくことでもあるし、
省略できるところは省略していくこと、でもあります。

「まぁだいたい同じだ」と認識できるなら、そこはもう、綿密には観察しない。

「ああ、この感じはあの感じね」と認識できることが増えてきて、別の言い方をすれば「慣れてきて」、そりゃ、同じポイントは無視するんだから感覚的には早く感じますよね。

さらに学生時代には、自分自身ではコントロールできない「通年行事」、通過儀礼が用意されていて、区切りを意識せざるを得なかった。

 

時間が経つのが早く感じるのは「この時間は自分のもの」と思う時に顕著です。

楽しいこと・趣味について関わっている時、集中すると時間はあっという間。

頼まれ仕事・いやいややってることは「早く時計の針、動かないかなぁ」なんて思ってしまう。
それなら「一年が早いことは良いこと」なのかもしれませんよねえ。

どちらにしても、「自分の時間を取り戻すこと」あるいは「自分の時間にすること」という意識が、もしかするとものすごく大切なんじゃないか、ということが言いたいのです。

 

「時間がない!」という言い方をすると、時間はなくなります。

「時間は、ある!」と言えば、実は時間は、目の前に開いてくれる。

深夜、「終電がない!」というのを、「時間がない」という意味で使いますよね。
乗るまでに時間がない、早くしないと最終電車で帰れない!と。

無いのは「自分が乗りたい電車」なのであって「時間」ではない。

一緒じゃないかナニ言ってやがんだベラボーめ、とお叱りを受けるかもしれませんが、「電車」と「時間」が一緒だと言ってるあなたこそ、なに言ってんだベラボーめ、なんですよ本当は。

つまり「終電に乗れないような時間の使い方をしてるのだーれだ?」っていうことでしょう。

時間のせい、電車のせいにして自分の苦しみ・しんどさを転嫁してるのどーいつだ、ってことです。

「他人の時間を生きている」という無意識から、その責任転嫁は生まれます。
「自分の時間を生きる」ときは、自分は絶対に、終電(あるいはもうすこし前の電車)に、100%乗れています。

「そう言いますけどねえ、思い通りにはいかないもんなんですよ」

なんて、いつまで言い続けるんです???

それ言ってて、なにか良くなること、あります???

 

やっぱり心機一転して考える機会があるとするならば、「自分の時間をどうやって、この24時間のうちにコジ開けるか」を考えたいですね。

言い方を変えると、「世間の24時間プラス、自分の数時間を確保する」みたいなイメージ。

これで、「はぁ?そんなの無理じゃん」と感じたのであれば、お話はここまでです。お疲れ様でした。2019年もよろしく。ではでは。

 

ああ、なるほど、と感じたなら。

それはもう、「できる」サインです。

24時間が25時間になる。
25時間が、28時間になる。

それを、連日連夜でなくても体感できたなら、今よりも幸せの総量は、きっと増やせます。

もう一つのコツ。

まずは物事に触れた時、「当たり前に、他人の言葉で語りそうになる自分」と対決することです。

テレビで聞いたフレーズで説明しようとしていないか。
どこかで使い古された常套句でカッコつけようとしていないか。
昔から言ってる言い方のみで、考えを進めようとしていないか。

それらを常にチェックして、「他人の考えをまるで自分の考えのように使っていないか」を確認してください。実は、無数にあるはずです。いえ、それは正しくもあるんですよ、だって学習って、そういうことですから。

それらを、「よし、一回言い換えてみよう」と実験してみること。
「ちょっとニュアンス変わってもいいので、違う言葉を探してみよう」と思うこと。

それを続けていると、自分の考えの前段階である「自分の言い回し」「自分の間(ま)」のようなものが出来てきます。

自分のタイム感が出てくると、そのリズムでモノを考え、説明できるようになってきます。
それが出来ないと、ある箇所に来るとスラスラ〜〜ッと、テレビでいつかタレントらが言ってた内容とアクセントを、カジュアルにパクっておもしろく話した気になってしまいます。

気をつけたいですね。

世に、佃煮にするほどいる「自称・おもろいおっさん」はみんなコレです。

いや、みんながみんな面白い人になる必要なんかどこにもないし原理的に不可能だと思うんですが、話す上で「自分の間(ま)」を持つことは重要です。

「自分の間(ま)」があると、先述のように思考そのものに直結してくるので、ぜひつかんでいきたいですよね。

「しゃべってるだけ」の中には、実は「間(ま)問題」が常に潜んでいます。

 

間(ま)は魔(ま)であり、真(ま)でもある。

話すこと、話したいこと話してる音声、聴いているうちに内容もさることながら、なんとなく自分の「思考回路が変わってくる」、そんな地味な体験を、ぜひしていただきたい。

そんな人らを「有料会員」の名のもとに、フランクに話し合えるようになれれば…という取っ掛かりとして2018年、『TOXIC』は出来ました。

実に、実に後づけっぽい感じですけどw、どのタイミングでどのプロセスで立ち上がったとしても、しょせん私にやれることはそれしかないような気も、しますし…。

 

こちらからどうぞ。↓

https://ch.nicovideo.jp/TOXIC

 

 

2019年も変わらずご愛顧のほどを。

 

 

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