普段から大阪弁(関西弁)でしゃべっていると、
たまに東京弁(関東弁)で話そうとしても
ものすごい違和感がある。
わざとらしく使おうとすると、どうしても
「なんちゃって感」が出てしまう。
関西弁はいいねよぇ、なんて関東の人に言われる
ことがあるが、そんなのは「あ、そう」という程度である。
肩あたりにあるホクロを褒められてる感じ。
そんなこと言われてもわからんわ、という感じ。
ただ、関西弁で怒るとそうとうに怖く感じるらしい。
たしかに、
関西人からすると関東人の
「なんだテメー、なんだテメーわ、やんのかコラ」
という言葉は、ただおもしろいだけで怖くない。
やはり関西弁の
「なんじゃわれコラ」系の方が怖く感じるようだ。
それを言い出すと広島弁で
「なんならわりゃぁ」とスゴまれる方が怖いだろう、
という感じではあるが、関東人が出会う恐怖体験の
頻度から言うと、やはり関西弁の方がこわく、
関東弁は怖くない。
言っておくけれども、
「関東人は怖くない」などとは言ってない。
言っておくが言ってない。
なに弁をしゃべるひとでも、怖いひとは怖い。
ただ、文字だけを取り上げるとこわくない、のだ。
そして、関東弁を駆使しようとする時、
「自分はものすごくおもしろくない人に見えているのでは
ないか」という錯覚に陥る。
ついでに付け足して言っておくが、
「関東人はおもしろくない」などとは言ってない。
なに弁をしゃべるひとでも、おもしろい人はおもしろい。
おもしろい関東人はたくさんいる。
言うまでもないことである。
そして全国の人に再確認していただきたいのであるが、
おもしろくない関西人も無数にいる。
そして横たわるのは、「チャウチャウ問題」である。
タイトルからはよくわからないかもしれないが、
比較してみればすぐ理解できるので
さっそく読みすすめていただきたい。
まずは、「関東弁+ポメラニアン」で
みてみよう。
「ん…」
「どうしたの?」
「あれ、ポメラニアンじゃない?」
「ポメラニアン?違う違う、ポメラニアンじゃないよ」
「ポメラニアンじゃない!?ポメラニアンじゃないの??」
「いやぁ、ポメラニアンじゃないんじゃないのぉ?」
「ポメラニアンじゃないのかぁ…やっぱポメラニアンだって!」
「ポメラニアンじゃないってば!」
つぎに、
「関東弁+チャウチャウ」だとこうなる。
「ん…」
「どうしたの?」
「あれ、チャウチャウじゃない?」
「チャウチャウ?違う違う、チャウチャウじゃないよ」
「チャウチャウじゃない!?チャウチャウじゃないの??」
「いやぁ、チャウチャウじゃないんじゃないのぉ?」
「チャウチャウじゃないのかぁ…やっぱチャウチャウだって!」
「チャウチャウじゃないってば!」
さぁ、お待ちかね、「関西弁+チャウチャウ」!
「ん…」
「どないしたん?」
「あれ、チャウチャウちゃう?」
「チャウチャウ?ちゃうちゃう、チャウチャウちゃうよ」
「チャウチャウちゃう!?チャウチャウちゃうん??」
「いやぁ、チャウチャウちゃうんちゃう?」
「チャウチャウちゃうんかぁ…やっぱチャウチャウやって!」
「チャウチャウちゃうって!」
いかがだろうか。
すでに使い古された感もある
「チャウチャウ問題」だが、
何度読んでもおもしろいではないか。
腐朽の名作。
ただ「違う」を「ちゃう」と言うというだけで、
この圧倒的迫力。絶望的リフレイン。
いや、その賞賛はチャウチャウという犬種にこそ、
贈られるべきかもしれない。
「チャウチャウ」という犬種は、
西暦100年代には中国で飼われていたらしい。
日本に入って来たのを遅めに西暦500年代だとすると、
同じ中国から文字が入って来る前から近畿地方で
「ちゃう!」という言葉は使われていただろうから、
この「チャウチャウ問題」は実に、
1500年近い伝統を持つ
凄まじい文化史であるといえるのである。
そしてこのチャウチャウ問題、
もうひとつあることを発見した。
ヒマにまかせて、大胆にみていこう。
大学のキャンパス。
中庭のベンチでで会話がはずむ2人。
ふと、
遠くの校舎の渡り廊下に、
長らく休んでいたのか姿を見なかった、
「本間(ほんま)くん」が通ったのをひとりが発見した。
「本間!」
「本間?」
「本間や!本間〜」
「おらへんやんか」
「いやおったって!本間やったもん!」
「ほんまかぁ〜?」
「ほんま、ほんま本間やったって!」
「ほんまに本間かぁ?」
「いやほんま、本間や思てんけどなぁ…」
またも校舎の2階の窓辺に本間くんが。
「本間ぁ!」
「ほんまや、本間や」
「ほんまやろ?」
「ほんまほんま、本間や」
「ほんまやゆうたやんか、本間!」
「本間!」
「あぁ、行ってもた…ほんまに…」
「本間やったな」
「あいつ性転換するらしいで」
「ほんまぁ!???」
…。
もちろんこれは、
「桃内(ももない)くん+関東弁」だと、
「桃内!」
「桃内?」
「桃内だ!桃内〜」
「いねぇじゃん」
「いやいたって!桃内だったもん!」
「ほんとかぁ〜?」
「ほんと、ほんと桃内だったって!」
「ほんとに桃内かぁ?」
「いやほんと、桃内だと思ったんだけどなぁ…」
またも校舎の2階の窓辺に桃内くんが。
「桃内ぃ!」
「ほんと、桃内だ」
「ほんとだったろ?」
「ほんとほんと、桃内だ」
「ほんとだって言ったじゃねぇか、桃内!」
「桃内!」
「あぁ、行っちゃった…ほんとに…」
「桃内だったな」
「あいつ性転換するらしいよ」
「マジぃ!???」
となることを確認しておかねばなるまい。
しかし、
心の底から、先出の殿堂入り犬「チャウチャウ」が、
「チャウチャウチャウ」でなくて
良かったーと思うのだ。
先ほどの文にあてはめてみたものを
全文掲載するのは避けるが、
ご自身であてはめてみて欲しい。
さらに良かったーと安堵に胸をなで下ろすのは、
かの犬が「チャウチャウチャウヤン」でなかっただけ
マシだった、というところか。
柴犬+関東弁なら、
「柴犬じゃないじゃない!」で済むところ、
「チャウチャウチャウヤンちゃうやん!」と、
地球を7周り半してこなくてはならなくなる。
もはや何回「チャウ」と言っているのかわからないゾーンだ。
「暖かい肩叩き機」に匹敵するうっとおしさである。
実生活では、「チャウチャウチャウヤン」どころか
チャウチャウ犬すらほとんど見かけることがないのが
せめてもの救いであろうか。
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