では、「ええかっこしい」の何が悪いのか。
かっこいい感じに憧れて吸い始めたはずのタバコだが、
それが必ずしもかっこ良くないとは皮肉な結果である。
たいがい、
かっこもつけず意味も感じず吸っている人達は(女に多いが)、
タバコを吸わない清潔感の方にカッコ良さを感じないという
感受性の鈍さにおいてすでにカッコ悪いのであり、
「そう言いながらやめれないんだよねェ…」と
中毒患者ぶりを平気で口にして
意志のだらしなさを表明すると言う点で、
そうとうなカッコ悪さなのである。
「ええかっこしい」は、カッコ悪い場合が多いのだ。
不思議なもので、
タバコに書いてある
「健康を損なう恐れがあります」という文言は実に妙なのに、
それに意義を唱える人は少ない。
欧米では「死にます」と書いてあるぞということを
伝聞で知っているひとも多いのに、である。
たしかに、カラダには悪い。
しかしそれは、「恐れがある」程度なのだろうか。
たとえば、インスタントのスープを買う。
パッケージには、
「火傷に注意して下さい」とていねいに書いてくれてある。
あれは、 「あなたが買ったこの商品を作る時」
という限定的な注意だ。
「スープという物は全国的に歴史的に伝統的に、
誰でも火傷するものだ」という意味ではない。
「毎回気をつけるベきだ」と本来は書くべきだが、
そんなに連続で恒常的にスープを買い続けるということは想定されていない。
そこで、タバコだ。
中毒性もあり、リピーター率が限りなく100%に近い商品でありながら、
あの「恐れがあります」という文言は、
「あなたが買ったこのひと箱」にしか向けられていない。
ひと箱だから、「吸い過ぎに注意」したって最高で20本である。
そんな程度で、すぐに害が現れて病気になるはずはない。
つまりあの注意書きは、タバコ会社の誤魔化しである。
なかなか気付かないだろうが、あれはウソが書いてある悪魔の文と言える。
科学的にも害が完全に実証されているタバコを、
さも「吸い方次第では害はない」
かのように感じさせ(感じるのはこちらがアホウだからだが)、
連続で買い足しつづけてもその注意書きはひと箱に対してだけのものだから、
全体的な悪口にはなっていない、巧妙な売り文句である。
では、タバコを口汚くののしるという人はどうか。
タバコを、まったく吸わない人達。
彼らは、タバコを吸ったことがないという。
口をつけたこともないという人もいれば、
ゲホゲホむせて以来敬遠してきたと言う人もいる。
そんなやつらに
「おまえたばこ、やめろよ」なんて言われたくない、という気がする。
カラダには物理的には悪影響だが、
それだけではないから喫煙者は吸うのだ。
「悪いから、いいんだ」という逆説で、
タバコは古来から普及していると言ってもいい。
吸ったこともない意気地なしどもに、
健康を盾にとって偉そうに言う資格はないだろう。
そう、 「吸わない」人の大半は、
「吸えない」人なのだ。 don'tとcan notの違いだ。
だから、ここまで考えてきた俺としては、
「吸えない」わけじゃない、と言いたい。
「吸わない」だけさ。
「吸おうと思えば吸える」という感じでいたい。
自分の意志による選択で、「吸わない」を選びたい。
いい歳をした男が 「吸えない…」じゃあ情けないじゃないか。
実際はふだん持ち歩いていないから吸おうに不可能なんだけど、
別に禁煙もしていないし嫌っているわけでもない。
「吸おうと思えば吸える」。
でも、赤ちゃんが近くにいるような席で無遠慮に
「喫煙席だから」とパカパカ吸う馬鹿にはなりたくないし、
ましてや自分の子供を喫煙席に連れてくるような人達とは
知り合いにもなりたくない。
子供に注意されて辞める親はたぶんいない。
赤ん坊がいてもタバコを吸うバカ親がいるが、
そんなヤツに他人が注意をしたとて、
注意の意味がわからないんじゃないだろうか。
一応この場では吸わない、
などと分別ができているような顔をしているバカもいるが、
煙臭き服を来てヤニくさい口臭で近付かれたら、
それはタバコを横で吸われているのと同じだ。