「死体を見て吐く理由」を説明いたします。
よく刑事ドラマなどで、
現場に急行した新米刑事(デカ)がですね、オロク(死体)を見て
「ウッ、ううぇ、おぉぇえエエエ〜」と戻しながら去ってゆく、
という場面を観ることがあるでしょう。
たぶん自分も、 ウカツに殺人死体を見ると吐いちゃうような気もするんです。
それはなにも、内蔵がはみ出しているとか
ウジ虫が楳図カズオ的に繁殖しているとかじゃなくても、です。
「もらいゲロ」は理解できますけど、 なんで死体を見て吐くんでしょう。
結論から申します。
「あれは、乗り物酔い」なのです。
なんやねんそれ、と思った方はちょっと待ってください。
乗り物酔いというのは、
「自分でコントロールできない動きに、ついて行けなくて脳が疲れる」 状態なのだと思います。
バスの揺れもフネのうねりも、 その動きが自分の操作で起こるものならば酔いません。
その証拠に、運転者はあまり酔いません。
「乗り物に動きがあるから」ではなくて、
その動きが「快」か「不快」かによるということです。
運転者は、乗り物を支配しているという「快」の状態ですから酔わないんです。
どんな揺れも、自分のハンドルさばきによるものならば「快」になるんです。
人間は、コントロールできない動きに対は応できずに、吐いちゃうんです。
全身で「不快」を表現しちゃうんです。
「死体」はどうでしょう。 あれは(どれやねん)、
「圧倒的に動かないモノ」でしょう。
自分が動いているから 他人もきっと動いていると信じきっているのが人間の生活なのに、
あれは(だからどれやねん)ぜんっぜん動かない。
バスや船は自分の意思と関係なく運転者の思惑(?)で「動き」ますが、
死体は自分の思惑と関係なく死者の規則(?)で「まったく動かない」んです。
その、「動かない」という動きが、「不快」なんです。
脳がついていかない。
乗り物酔いの逆、というのもおかしいですが、 おそらく人間は、
自分で制御できない(動かないを含む)動きに、 強烈な不快感を催すんです。
「圧倒的に動かない」状態が、こちらの常識を揺さぶってくる。
じゃあお葬式はどうなるんだ、と思いますが、 それは「程度の問題」だと言えますね。
葬式は死の儀式。
ハンドルがどちらへ切られるか(実際はどれくらい切られないか)が、
ある程度わかっている。
経験はなくとも、 伝統的にその雰囲気やあるべき死体の存在をじゅうぶんに
脳内シミュレーションしている。
突然の、「ついて行けない緊急停止」ではないんです。
だから、吐くまでにはいたらない。
あの新米刑事(デカ)はその「死という急激な人間のSTOP」に、
動いている人間としてついていけずに 脳が「不快」を猛烈に示して吐いてしまい、
ベテラン刑事(デカ)と鑑識の人に「最近配属になったばかりなんだ…」 などと
あたたかい目で見られてしまうわけです。
いかがでしたか。 「死体を見て吐く理由」。
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