殴りたい女
高校生などにレクチャーすることで、
嬉々として活躍する場を広げているようですな、
「デートDV」を考えたおばさんどもは。
犯罪者と被害者が、利用されているような気さえする。
個人的な恨みを晴らすかのようにね。
「ウラミ・ハラスメント」と名付けよう。
すいません。

ドメスティックバイオレンスで
多くは暴力を受けるのが女性だからということで、

「男女平等の実現や弱者に対する人権意識を育てるには、
子どものころからの教育が重要だ。
大人の中にある差別的な性意識を打ち砕く作業も
同時に進めなくてはならない。
夫婦や親子の関係を見つめ直したい。(沖縄タイムス社説[男性優位の風潮にメスを])

というようなことを考える人たちが出て来てしまっている。
男と女の権利は平等であるということと、
暴力はいけないということを、
わざと混同して教えて子供を余計に惑わせているようだ。

男と女は同等ではない。
その基本をしっかり押さえておかないと必ず間違う。

男と女は正しく、「同権」であるべきなのだ。

女は女らしくする必要はなく、
男が男らしく育てられるのはまちがっている、
などと主張するフェミニストババアたちの考えは、
完全に間違っている。
社会の害だ。

彼女らは、歴史すら
“Historyは「His Story(彼らの物語)」と分解できて
男性主体の差別的な
遺物だから無視、あるいは排除すべき”して指弾する。
伝統の多くも否定する。
昔から続くことに背を向けて、
どうやって子供を育てるのだろう。
彼女ら立派なの子供をみてみたいものだ。
でもだいたい、ああいうおばさまたちは
自分のことだけは棚に上げてしまっていることが
多いようなので、真剣に聴く方が悪いのかも知れないが。

DVを罰する法律やそれを防ぐ施策はほどこされるべきだが、
そこへ「男をまず」とか「女を先に」とかいう、
性別でひとくくりにするやり方を持ち込むのはいけないと思う。

女性専用車両を見て、いつも腹が立つ。

あれは、
『まず男を、全員痴漢予備軍としてみる』ところから
始まっている。
こんな性差別を堂々と、
主要電鉄会社すべてが導入していることを
恥ずかしいとなぜ思わないのか。
なにをよろこんで
「これで安心です」などと言っているのか。

いつから日本は、
「人を憎んで罪は憎まず」ということを常識にし始めたのだ。
痴漢が犯罪であることに疑いはなく、
その容疑が固まったらおそろしく厳しい罰を下せばそれで良い。

疑われても社会的に抹殺されかねない。
それが常識になれば、それに合った対処を自分で考える。
満員電車の乗り方も変わる。
VIP車両もできる。
痴漢へのバッドイメージももっと高まる。

ぜーたいに、疑われないような方策を、
自分自身で考える。
そうやって、内側から変えないとダメだ。

それを、
「女しか乗れない車両を作りますザマス」
という原始的で無能で野蛮なやり方!
「安上がり」が一番の理由なのだろう…。

痴漢もDVも、もっとも効果ある教育法は、
オバハンどもが大嫌いな
「男は男らしく、女は女らしく」を、
ガキの頃から徹底的に叩きこむことなのだ。
子供のころから
「男として絶対にやっちゃいけないこと」を知るしかない。
ふつう、男が女を殴らない理由は
「それは男のすることじゃないから」だ。
論理的な理由などない。
それが伝統だし、それが常識だし、それが英雄だ。
愛すべき女を殴らないのは
「俺が男」だからだ。
それ以外の理由を探す理由もない。

それが崩れているから変に
「女も男とおんなじだ」と思ってしまって暴力の対象になる。
くだらないヘリクツをヒネり出したら
「平等な女を殴ってなぜ悪い?」となってしまう。

つまり「男女同等」を求めたがる女性運動家のオバハンどもが、
DVを広めて歩いているようなもの。

『平等』とは、ずいぶん残酷なもののようだ。
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