エロ行為自体を「悪い霊を追い出す儀式」と
少女に言い聞かせ、見るに耐えない侮辱行為も
ひとに言えない状況にマインドコントロールしていたと。
そんな神父や牧師や坊主や教祖が、たまに逮捕される。
ちゅうことは、
まだ捕まってない“神に近い男”はまだたくさんいるな…。
とにかくそういうヤツは確実に地獄いきだな。ヘルだな。
宗教のイメージ自体を低下させる宗教者はホントたくさんいる。
説得力と、強引さがあるのだろう。
事件として明るみに出てよかったとさえ思う。
教団に大げさな名前をつけるってことは、
わかりやすさ重視ってことだ。
少なくともオウムのように、
勉強のよくできる学力の高い人を相手に
しているのではないということだ。
勢力を拡大する教団はほとんど、
勉強ぎらいの閉じこもりがちな社会生活不適合者向けの、
救済施設っぽい。
オウム真理教は、
理路整然と思考できる知識のあるヤツを、
それを否定するかのようなスキマをついた
「宗教理論」を幻覚とともに圧倒的に
刷り込んで陥穽に落とす、
という手法で正の知能指数を
負に転換利用する物欲悪魔集団だったわけだが。
しかし、被害者の
「信者の少女」
というのがぼくにはひっかかってしょうがない。
どの角度から見ても単なる
おっさんであるはずの牧師(神父)にいいように嬲られて、
側近に暴力も振るわれて、
それでも「まあそんなもんかもな」と
思い込まされるような女の子が、
なんで特殊な宗教団体になど、入っているのだ!
いやいや、騙される信者たちよ、
入信前に怪しいと思えよ!という
批判はどうやら的外れのようだ。
それは関わりようもないくらい外部の人間だから
言い切れるアトダシじゃんけんのようなもので、
被害者に 「バカだなあ」 なんて、誰でも言える。
そんな事言って勝ったつもりになってちゃだめなようだ。
当事者である少女の受けた被害は
カワイソウとしか言いようがないが、
心の拠り所として求めたのがたまたま宗教者、
ということは大いにあり得る。
ぜんぜん、ひとごとではない。
それが悪意を持ったスケベじじいだったことは
猛烈に不幸だが、
その悪意のベクトルが金銭集めに偏っている宗教団体など、
いくらでもあるではないか。
少女には大量のお布施ができるはずもなく、
なにと引き換えかはわからないが少なくとも
精神的支えになってくれる存在であったことが
初期には強烈にあり、周囲の人間が
そんな悪徳宗教オヤジに打ち勝つほど「頼りなかった」
という現実を忘れてはならないのではないか。
それが一番の問題ではないか。
宗教にみんなが持っているイメージや感触が、
いかにもろいものかを再度、考えてみるべきだと思う。
宗教は、決して嫌うものではない。
宗教自体は、怪しげなものですらない。
人間に、無宗教なひとなどいない。
それは、断じて言える。
「俺は無宗教だ」という人がいたら連れてこい。
それがたとえ60歳の国会議員でも、 完璧に論破してやる。
つまり、「私は催眠術には絶対にかからない」
と言っているひとが実はその時点でもう半分かかっている
ようなものであるのと同じように、
「宗教なんてバカが入るもの」
とアナドっている人ほど落とし穴に落ちやすい。
それを防ぐためにも
「宗教ってどういうこと?」ということを、
知っていて損はないのである。
はっきりいって、神様など関係ない。
|