M-1グランプリをどう観たか 
☆〜無料メルマガ『STAND AND ANDERSON』第43号より転載〜☆
●M-1グランプリをどう観るか

M-1グランプリ2007のチャンピオンには、全国的にはまったく無名といってよい、
「サンドウィッチマン」というコンビが輝きました。
あのコンテスト(番組)の最大かつ最良のポイントは、プロ中のプロと誰もが認める
審査員の、納得せざるを得ない判決によってのみ決定されるというシステムにあるでしょう。

「新鮮さ」が最高の形で作用した、と言える結果でした。
確か、何回目かの開催時までは、大阪の客席が何点、審査員が何点、などと、わざと判断
基準を曖昧にしていた部分があったように記憶していますが、今やもう、文句無しに
その場で解決してしまうという小気味よい(他のコンテストのように別室で審議したり、
なにもわかっていないタレントや教授が審査員になっていたりしない)スタイルを
貫いています。

なぜ、それ(客席の反応ではなく審査員の独断で決すること)が公正で正しい結果を
生みやすいかというと、審査員の方々は、演者のネタの善し悪しと同時に、
客席の「反応の仕方」「反応の種類」を識別できるプロだからです。

あえて例を挙げれば、決勝戦3組に残ったキングコングが漫才中に、
「もうじきネタが終わるからがんばって」というような意味のアドリブを付け加えました。
あの言動は、普通の舞台なら内幕を吐露した安心感と緊張の緩和で、笑いが起こります。
あれだけ緊張感のあるステージですから。現に、笑いは起こっていました。

しかし、審査員の目は誤摩化せないのです。そんな種類の笑いで得点を稼げないという、
身震いするほど厳正な空気が流れていたのを、感じ取った方もおられたのでは
ないでしょうか。

ですから、結果発表の段になって、他の2組(トータルテンボスとサンドウィッチマン)に
比べ、キングコングの得票数が著しく少なかったのはうなづける結果だったのです。

キングコングに票を投じたのは大竹まこと氏ひとりだけだったのですが、大竹氏は、
上記の内容をことごとく理解した上で、他の審査員がキングコングに投票しないことを
見越して(たとえ同じ思いの誰かがあと一票をキングコングに投じても優勝はない)、
あえて優しさで、キングコングを選んだのです。

自分の笑いの感性と審査基準に正直になれば、違うコンビを推していたはずです。
それでも、そこまで読み込んで、その場に合った正しい判断を下せる。

つまり、あの審査員の方々は、“そういう人たち”なのです。
M-1グランプリが他のコンテストと厳然と違うところです。



●決勝戦の憂鬱

さて、私個人としては、あの手の「二段階方式」の優勝決定戦はいかがなものかと
思っています。番組の盛り上がりや構成を考えるとあの方が良い、という判断はもちろん
理解できるのですが、やはり、9組で横一列で争った時のネタと、3組に搾られた本当の
決定戦のと時のネタとでは、やはり集中力や内容に差があるように思われます。

観ている方も、さっきのネタの残像が気になる。

本当の「一発勝負」で決まる方が、ホンモノっぽいですよね。

あれくらい毎日のように漫才をしている人たちでも、1年間に「これぞ」というネタは、
3つ出来ればかなりスゴイ方でしょう。顔が売れて有名になってしまえば、そこまで
入り組んで練り込んだ内容でなくてもたいていの舞台では充分に通用するからです。

そしてその3つのうち、決勝まで残ったコンビは、最初の横並びの(9組での)戦い用に
上位2つをドッキングさせ、最良のネタに仕上げます。

擦り合わせ混ぜこすり練り回し、2本のネタの凝縮したエッセンスを叩き上げ、
勝ち抜く為の必殺ネタに持って行きます。1年間の集大成ネタですね。

これは、それくらい毎日真剣に漫才に取り組んでいないと
容易にできないことだと思います。
そして、最後の3組に残って「しまった」ら…(笑)

もう、自分達の中での3位ネタしかありません。

つまり優勝するには、この「残りカスのNo.3ネタ」がどれだけおもしろいか、という
強みが必要になってくるのです。

何度も言っていいと思うので言いますが、これらは、“毎日真剣に”漫才に取り組んで
いないとできません。
「M-1が近づいてきたからネタを作ろう」では、すでに手遅れなのです。
ましてや「M-1があるそうだからコンビを結成しよう」など言語道断です。
最終の3組に残ったらどうするんですか(笑)

今年もグラビアアイドルや元政治家(笑)が参加したそうですが、彼らは、
鳥人間コンテストで言う「パフォーマンス部門」です。
ハエ男とかピーターパンとか、話題を作るだけの道化です。

お笑いとはまったく無関係と考えてよいでしょう。無意味とも言い換えられます。
いやほんと、最終の3組に残ったらどうするんですか、と言いたい(笑)
もちろん話題性は大切ですから、無碍にはできませんが、予選が無駄に長くなるだけの
邪魔な存在です。

おそらく、お笑いをナメてるんでしょう。

そう、少なくとも決勝に残るには、優勝するだけの資格が必要なのだということです。

ただお笑いをやっているからというだけでM-1に、近所の地蔵盆のまつりにでも
参加するように毎年漫然と参加して、「今年も一回戦でダメだったぁ」と平然と語っている
芸人さんも多いと想像できるのですが、彼らの多くには、優勝を狙うという意味が、
本当は理解できていないのだと思われます。

画面を通してでも6割くらいは伝わって来ているのではないかというくらいの緊張感と
切迫感(たまに嘔吐感)。あの放送を、ぼーっとお菓子でも食べながら家で悠然と鑑賞
できる漫才師さんがいらっしゃったら、その感性ではそのうち応募基準が
「結成から1000年までOK」と改められても決勝に進むことは不可能ですから、
一生お菓子を食べて暮らしてください、と言うほかない。

友達とわいわい、観てる場合じゃないだろ。



●スポーツ観戦に近い観点は必要だ


番組や吉本興業には、すぐにはメリットのない無名の「サンドウィッチマン」が優勝
したことで、何度か「この優勝はおかしい」という疑惑を残して来た判定も、正常に
機能していることが判明しました。
首をかしげる優勝者が、少なくとも1組、いましたよね(言いませんよ笑)

私は、個々のコンビの「リベンジだ」「悔しい」などという感情等にはなんの関心もない
のですが、あのくらいのスピードの漫才を成立させるためには、どれくらいの練習量が
必要なのかを、うまく想像できないと、あの決勝戦者たちの戦いは楽しめないと
感じています。

一回戦で敗退してしまう方々は才能うんぬん、運うんぬんを言う前に、練習の少なさを
恥じるべきです。


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