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緊張と緩和?
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お笑いは「緊張と緩和」である。と言われます。 ピシっとしまった状態、たとえば厳粛なお葬式などの場面で、そこに、 それを緩和させるような刺激があると、 それまで張りつめていただけに笑いが起こる、と。 これを「緊張と緩和」と呼びます。 しかしそれには、微妙な間違いがあります。 いえ、上記の考え方に間違いはありません。ただ、 よく使われているわりには、用法を間違って使っている。 これをおそらく世界で初めてはっきりと言い出したのは 落語家・桂枝雀師匠(故人)です。 オチの分類/笑いの構造など、 分解して解読して吟味することをほとんど趣味のように なさっていた師匠ならではの、すばらしい解釈だと思います。 なにより、わかりやすい。 それを題材とした「茶漬けえんま」という噺も作られたほどです。 そして高座では、なにを緊張とするか、なにを緩和ととらえるかは 個々人の自由である、というようなこともはっきりと前提として おっしゃっていました。 笑いとは、完全なる客体として存在するものではない、と。 さて、師匠の高座をCDやDVDなどで聴いていますと、 それはそれはハッキリと「緊張の緩和である」とおっしゃっています。 そう、「緊張と緩和」ではないのです。 「と」と「の」の違いがあり、もちろん正解は「の」です。 ここを、勘違いしている人が多いのです。 「〈と〉も〈の〉もいっしょじゃ!」それは違います。 「ブタの丸焼き」「ブタと丸焼き」ぜんぜん違いますね。 ブタと言う動物と、 丸焼きという料理方法を並列で並べたのが「ブタと丸焼き」です。 「ハウルと動く城」もそうです。ハウルと動く城は別のものです。 たまたま映画中に出てくる動く城はハウルのものなので、 少しややこしいですが(笑)、 通常、「ブタを殺して丸焼きにしたもの」を、 「ブタの丸焼き」と呼びます。ふたつはセットになっています。 ですから、「緊張と緩和」というのは、 ただ「状態」の名前を並べただけに過ぎません。 お笑いには、言ってみれば「緊張」「緩和」というような 動きや効果がある、という目録でしかありません。 「笑いは、緊張を、緩和することで生まれる」と言いたい時は 「緊張の緩和」と正しく言わねばなりません。 これで初めて理論の名前となります。この違いは明白で厳密で、絶対です。 〈と〉と〈の〉を間違うと違うニュアンスになってしまうので要注意です。 韓国映画「私の頭の中の消しゴム」も「私と頭の中と消しゴム」では、 内容を表すニュアンスが消えてしまいますよね。 もちろん、緊張も緩和も笑いにとっては重要な要素なので、 「重要なのは“緊張と緩和”だ」という風に使われる場合もあります。 しかし「緊張」「緩和」は対等な関係ではないのです。 ともに「する」や「させる」をつければ使えますが。 |
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| vol.1 ツッコミは「みんゴル」である
vol.2 ブームってなんだろ vol.3 漫才・コントのどこを観れば良いか vol.4 ダジャレがおもしろくない理由 vol.5 緊張と緩和? vol.6 空気を読まんかい vol.7 M-1グランプリをどう観たか |
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