ブームってなんだろ
お笑いのブームがほとんど定着し、
今やレンタルショップにはお笑いのコーナーがあったりします。
何年か前まではそんなに当たり前ではなかったのに、
結構なスペースをお笑いに割いています。
それはつまり、
お笑いが生活に浸潤している証拠だと言えなくもありません。
休みの日の前日にゆっくり家で鑑賞する、その選択肢にお笑いが、
ごく普通に入るようになってきています。
「普段づかい」になってきているのです。
格闘技や自然ものなども今後、販売本数や種類などがもっと多様化すれば、
レンタルショップでのスペースも広くなってゆくのでしょう。
やはり映画やドラマのようにはまだいきませんが、
一般的に「お笑いのDVDを借りる」ことは、ひと昔まえのように、
コアなファンだけのものではなくなりました。
少し前の
「ストリートミュージシャン」がそうだったのではないでしょうか。
道ばたに座り込んでギターだけを抱え歌う、
ストリートではめずらしかった活動形態は
メディアなどで取り上げられ大変注目されましたが、
ストリート出身ミュージシャンの数々のヒットや有名人化によって
ブーム化し、それは「成功への道筋」になってしまいました。
純粋な活動形態ではなく、「ブームだからストリートで」という、
簡易な様式にまで変化しました。
週末の駅前では数多くの若者が自作の音楽を披露し、
ただ楽器を演奏するだけで珍しかった時代とは違い、
必ずしも注目されるということはなくなりました。
ストリートミュージシャンは生活に浸潤し、
「普段づかい」になり、今やチラとも見ないことも多い。
遠くで鳴る楽器や歌声を聴いただけで
「ああ、あれね」と判断できてしまう。
「誰だ!こんなとこで歌ってやがるヤロウは!」と怒る人はいません。
うるさいと感じる人にとっては騒音でしかないことは変わらない事実ですが。
それに似て、お笑いに対する関心度も注目度も、下降カーブを描きます。
競技(?)人口も今や、ハンパではない。
年間数千人、数万人がお笑いのプロを目指し、
多くの若者が夢のひとつに「お笑い芸人」を思い描くようになりました。
ある程度将来を保証された、
周りから見るとうらやましいくらいの地位を捨てて、
お笑いに身を投じる人も出始めました。
層が厚くなる、という言い方も出来ますが意地悪い言い方をすれば、
レベルが全体的に下がっているとも言えます。

実際、層は厚くなっていない。
考えてみてください。
自分の周りに、「飛び抜けてセンスがよくおもしろい」と、
誰にでもどこででも推薦できるような人が、何人いるかを。
一人いれば、それはすごいことです。
学校一、おもしろいと言われるような人があきらめる、のがプロの世界です。
現在はまるで「就職先、ついでに夢実現」とでもいうような、
またはモラトリアムとして養成所などへ入学する若者が多い。
「お笑いです!」と大声で言うことが、
特に珍しくもなくヴァリューがなくなってきました。
石を投げれば芸人(または芸人志望)に当たる。
お笑いは、
人間×テンション×練られた世界×ファンタジー×的確な抑揚×それを見せる技術×運
というような式で魅力を獲得してきました。
可能性と爆発力は無限でした。
しかし、この方程式のそのどれかひとつでも決定的にゼロだと、
破滅的な結果を招きます。
ゼロには、なにをかけてもゼロにしかなりません。
つまり最後は、最初の「人間」しか残らないのです。
「人間」それじたいが魅力と呼ばれるには奇跡を待つしかないし、
果たしてそれは、すでにお笑いではなくなっています。
ブームが終わるとき、その荒野にはなにが残るのでしょう。
「定着」などで、大団円を迎えることはありません。
ブームに乗せられて踊らされた「多くの残骸」が残るはずです。

ブームとはいわば『中身のないものをも良く見せかける上げ底』です。
それが外されたら、
どうしようもないのに良く見えていた者は容赦なく切り捨てられます。
自分でそれに早く気付いた者は自ら去るでしょうが、
ほとんどはそれに気付かず、無惨な屍をさらします。
潰しのきかなさに煩悶し、苦悩を抱える人間が増えるでしょう。
関係なく突き進む人々もいるのは事実ですが、自分の実力のなさを、
ブームの終焉に責任転嫁するは愚の骨頂だと言えます。
たいてい「あ、ブームだな」と感じた時、
そのグラフは底を目指し始めている。
株の取引である銘柄の人気が上昇していると噂が流れ始めたら
素人にとっては時すでに遅し、だというのに似ています。
サーフィンで、砂浜から見て「うわぁすごい波だ!」と思えた時、
乗るにはすでに遅い、というのと同じです。
ブームになった時に、そのブームに乗れなければやっている意味はない、
などということはありません。
 
それは意地悪い意見ではなく、
「きっちり自分の意地を立て通して真剣にやっていれば
ブームの方から寄ってくるし、高波にさらわれることもない」
ということなのでしょう。
世間の流行は敏感に感じながらもそれに流されず、
本質を見極めようと真面目に技術の向上を目指す。
常にそういう努力をしている人はそれだけに、
ブーム後の方が立派になります。
なにせ、実はブームに乗っているようで、実際は自分の思う活動を、
より活動的にやっていただけだから。
ブームはそれをやりやすくする効果もあります。
見向きもされないマニアックな内容でも、ブームの最中だからこそ
評価される、ということもある。
それが、前衛的だと言われながらも発展を生む。
 
しかし必ず終わるのがブームというものです。
終わるからブーム、とさえ言えます。
「マイブーム」すら、自分の中では終わるときがくるのですから。
不特定大多数が参加し形成する(様に見えるだけ?)ブームというやつを、
軽々しく意識しない方が良いでしょう。
「今ブームかどうか」などより、
「自分が得意とする笑いは今、どうなのか」の方が、
12億8000万倍大切です。
その「自分の笑い」の確立を目指した上でブームに乗せられた人は
長持ちするが、それがないまま、
自分でもなにが良くて持ち上がったのかわからない人は、
次の技術どころか信念すら見えない状態なので、
「消えたね…」などと言われてしまうのです。
だからよく観ていると、「ブームだから」存在している人たちと、
そうでなくても存在していける人が分別できる。
一番よろしいのは、
「ブームなぞどこ吹く風」で活動を続けている人たちなのでしょう。
新しい注目された芸人が出て来た時、
上に書いた方程式がどれくらい当てはまるかを感じながらみると、
その芸人の将来が予測できる、というと言い過ぎでしょうか。
試してみてください。
vol.1 ツッコミは「みんゴル」である

vol.2 ブームってなんだろ

vol.3 漫才・コントのどこを観ればよいか

vol.4 ダジャレがおもしろくない理由

vol.5 緊張と緩和?

vol.6 空気を読まんかい

vol.7 M-1グランプリをどう観たか

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