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徳田神也のblog。理詰め&BLUES。

占いは「信じる・信じない」じゃなくて「使う・使わない」だよ

      2017/07/29

信じない

「俺は、そういうの信じないんだよね〜」

よく聞きます。
ほんと、よく聞きます。
女性からもたまに聞こえてきますが、男性が多いですよね。

「俺は理知的」
「俺は科学的」
「俺は論理派」
「俺は知性派」

と、自分を過信している男尊女卑の、無知なタイプに多いです。

 

残念ながら、真理を申し上げましょう。

「信じる・信じない」という選択肢まで来ている段階で、貴方は、すでに「ドップリはまる派」なんですww

似たようなチョイスに、「UFOを信じる・信じない」というものがあります。

これは、よくわかります。信じようが、信じまいが、その存在を確たるものと証明することが、未だ一切出来ていない。多くの目撃証言や写真や動画はあるものの、そもそも「UFO」は「未確認飛行物体(Unidentified Flying Object)」の略ですから、「未確認飛行物体を信じる・信じない」なんていう設問じたいが成立してないんですけどね。

「UFO≒宇宙人の乗った飛行船たる円盤」だとして仮定してみても、それを信じる人は信じればいいし、信じない人はそれでもいい。どちらであっても、何ら変わりません。
合成写真(や動画)に対するリアクションが変わるていどでしょう。

家族で興奮

 

 

占いは、言葉でできています。

ここまで書いたところで、自分が占い師でもないのになんで興奮してこれを書いているのかを説明しますと、その理由は、世にいる「インチキ占い師」の数よりも、びびってるだけのくせに「俺は知性派・信じる奴はバカ」だと思っているバカ男の方が数としては多いんじゃないかと思い立ったからなんですよね。

「信じる・信じない」の岐路まで来て「信じない」を選んでいる自信家の男性は、何らかのきっかけで猛然と岐路まで戻ってきて、必ず「信じる」方面へ突っ走っていきます。

例えばインチキ占い師が、事前にその人の生い立ちや家具の配置や個人情報を何らかの方法で手に入れていたとしましょう。それを突然目の前で言われたら、青ざめ、目を見開き、次いで涙ぐみ、「しょ、将来の僕はどうなっていきますかねえ…!」と膝まづくことでしょう。

何人(なんぴと)も、事実には勝てませんから。

これは、「信じない」という、「信じるの反対でしかないもの」にすがっている、弱い人間のすることです。最初から信じている人間、よりも弱いと思います。

すでに立証されている、それがデータに基づいた統計学的なものであろうが、直感とある種の特殊能力によるものであろうが、確立されて生業としても成り立っている相手を冒涜していることにも気づかない、自分の極小のプライドだけを守っている、チンケな男だということです。

 

つまり。

「俺は理知的」
「俺は科学的」
「俺は論理派」
「俺は知性派」

を気取って、「俺は占いなんて信じないぜ」と言っている男性は、

理知的でもなければ
科学的でもなければ
論理派でもなければ
知性派でもありません。

自分の経験と思いつきにしか寄るところのない、真の敬虔さを持ち合わせていないガサツな人間、である可能性が高いです。

 

彼らの多くは、「宗教を信じている人」に対する態度も、同じようなものを示します。
曰く、
「神を盲信するなんて馬鹿げている」。
「宗教なんて非科学的だ」。
そんな彼らには、ピシリと言ってあげましょう。

お前、今年から、墓参り行くのやめろよ。
親の墓なんか掘り返して捨てろよ。
家の仏壇も全部廃棄しろよ。
カバンに入ってるお守りもすぐに捨てろよ。
初詣行くなよ。
クリスマス祝うなよ。
神前・仏前結婚式挙げるなよ。
出席もするなよ。
家建てる時も地鎮祭するなよ。
ペット死んでも墓標建てるなよ。
位牌持ってアルプススタンドに座るなよ。
写真持ってデモに参加するなよ。
黙祷するなよ。
お祭り行くなよ。

これら↑全て、宗教行事ですから。

宗教をバカにしている人は(単に無知なだけですが)、自分がドップリ宗教に浸って暮している事実に、気づいていないのです。だから簡単に「日本人は無宗教ですからぁ〜」などと、意味のわからないことを言ってしまうんですね。

占いと宗教は、密接だと見せかけていますが、実はあまり繋がっていません。

でも、見てもらう方は、密接に繋げています。それはなぜか。占いで出る結果というのは、しょせん、「自分の人生の補助線」に過ぎないからです。

 

人間が生きることと、宗教観は切り離せません。

例えばまったく宗教色のない、科学的データで毎日数字が出る、というのを「コンピュータ占い」として利用するとしましょう。

「12」が出た。
次の日は「6」。

人間はその数字に、意味を持たせて行動することができます。
単に12ではない。単に6ではない。

生きる中に、12を探します。6を求めます。すると、駐車場の「12」が気になり、背番号の「6」を見つめるのです。それを覚え、唱え、信じるのです。これを宗教と言わずして、なんというのでしょう。

ただの数字ですら、そうなるのが人間です。

これが、もっと親身に、もっと身に張り付いた、情熱のこもった生身の言葉だったら。占いは、そのように、「どんな結果であっても、自分の人生に作用するように使える」ものなのです。

そう、もうお分かりですね。

占いは

「信じる・信じない」ではなく

「使う・使わない」なのです。

使わない人は使わなくてももちろんいい。
必要ない人はたくさんいますし。

使う人は、思考の決定権を預けるほどまでにのめり込まなくても、そういう見方があるのか…と参考にする、という利用法を知っています。使わない人は、「まあ、いつでも使えるしね」という態度でいればいいのです。

「信じない!」と、ことさらに言うことが「理知的」「科学的」「理論的」「知性的」であるという事実はありませんので悪しからず。
逆にバカに見えてるというリアルを熱く感じていただきたいww

信じない

 

みなさん今日は、良いことを覚えましたね。

特に女性の方、「占いとか信じてるの?アホじゃない?」とバカにされたり、「宗教を信じてる人って、頭弱いよね」と偉そうなことを言っている男性を見つけたら、言ってやりましょうね。

なんて言うか、忘れました??

お前、今年から、墓参り行くのやめろよ。

ですwwww

 

 

 

 

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