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徳田神也のblog。理詰め&BLUES。

思考の「辻」を曲がれ。

      2016/10/19

思う。

 

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日々、いろんなこと思いますよね。

「考える」と言ってしまうと、何か答えを出して、行動に移すためのことを頭で順序立ててる、みたいになりますが、
「思う」となると「思ってるだけ」という状態を含めて、ぼーっと映像とも文字ともつかない何かが浮かんだり消えたりしている。

やっぱり「思考」っていうくらいですから、やっぱり「思う」「考える」は、別なんでしょう。

「尊敬」が、「尊ぶ」と「敬う」で別なように。

似てるけど、なんか違うんですよやっぱり。

 

 

人間には、「クセ」があるんです。

 

なくてななくせわるいくせ。

「癖なんかないッスよ〜」と言う人で、7つあるそうです、癖ってw

「無くて七癖」なんですね。

「思考」にも、実は癖があります。

「こういう事を考え出すと、必ずそっちへ言って、同じ答えを出しちゃう」っていうことが。

多分、無意識に。

なんか、「折り目」がついちゃってるんですね。
放っておくと、その形に折れ曲がっちゃう、っていう感じ。

落語を聴いてると、「ここまでは同じなんだな」っていう箇所があります。

旅の噺で言えば、旅館について、部屋に上がるまでの経緯なんかは、似てるのがいくつもある。

つまり、「ここからこっちへ行くと違う話」っていう、「辻」みたいなのがあるんですよ。

例えば「宿屋仇(やどやがたき)」と、「こぶ弁慶」。

もちろん色々違うし噺家やその時々によって違うんでしょうが、伊勢参りから帰りに寄った旅籠街で、手代を相手に部屋の大小や金額の応対をするところとか、

「お前さっきからワシのわらじを固いな〜と言いながら解いてくれてるが」
「これお前の足!?」
「え〜かいな!」

というくだりだとか、皆同じです。

これが、「辻」を経て、違う噺へ発展していく。

もちろん落語は「わざと違う方向へ辻を曲がっていく」んですが、我々には、「いつも同じ方向へ曲がってしまう」、思考の癖がある。

これは、たいてい、答えがはっきり出ない方へ曲がります

 

答えが出ないから、同じ「辻」へさしかかってしまうというわけです。

で、結局どこへたどりついたかわからなくなって、思考は消えてしまう。

そしていつかまたそれについて考え出したら、たちまち同じ「辻」が現れて、またどこへたどりついたかわからなくなって、いつか思考は消えてしまう。

これを繰り返しています。

「結局行動に移せていないこと」が、これに当たります。

はっきり思考の筋道が立っていることは、行動に移せます。
行動に移すと、早かれ遅かれ、良くも悪くも結果が出てしまうので、その「思考の結末」をしっかりと受け止めることができます。

「ああ、運動しないとなぁ…」
「何か新しいこと、始めないとなぁ…」
「まだあの人のこと、好きだなぁ…」

などが、これに当たります。

答えを出すと、自分が怠け者でダメ人間で保守的で、あの人に嫌われていることが、ハッキリしてしまうwww

ヒイ〜〜〜ww

 

ハッキリした方が、いいんですww!!

次へ進めますから。

しばらく「思う」が続いたら、「よし、考えるへ移行だ!!」と、思考の「辻」を蹴っぱぐって、新しい世界へ行きましょう。

そのためには、「紙に書く」んです。
これしかない。

「思う」から脱出するには、脳内にあるぼーっとした映像とも文字ともつかないモノを、「文字」にしてやるんです。

間違ってても構いません。
ズレててもいいでしょう。

書いてしまいます。
そこから始まるんです。

 

 

 

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