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徳田神也のblog。理詰め&BLUES。

台風情報はなんのためにあるのか〜テレビの構造〜

   

 

これは、善いとか悪いとか、では一旦なくて、「そういうもの」という認識を持つことが大事だという話です。その上で「さて、では私(ら)は、どうしようか」を決めなければならない。
という感じを前提に、考えていきましょう。

前に、ちらっと書いてあったりもしたんです。

誰も言わないテレビの正しい使い方。

 

選挙と台風がいっぺんに来ました。
ある人にとっては選挙の方が大事。
ある人にとっては台風の挙動が大事。

そりゃそうですよね。
ただし選挙では誰も死にませんが、台風では人が死ぬので、台風情報の方がまずは大切。そう考えるのが普通です。選挙が大事、と言えるのは、とりあえず家が浸水してないとか裏山が崩れて来てないかとか、そういうのが「大丈夫」な人だけでしょう。
天気予報をしっかりと見て、あらかじめ(予定などを変更して)危機を避けるなんてことも大切。

朝になると、ワイドショーは選挙情報はソコソコに、台風の情報がほとんどになってました。

昔からやってるんであんまり違和感はわかないんですけれども、あの、「現場にいる」レポーター、って、あれ、要ります?
いや、暴風吹き荒れる地域の、もう防波堤を乗り越えて来てるような波浪、その映像は「いやぁ、近づいちゃなんねえべ」という抑止力になるにじゅうぶんですし、街角で看板が飛んでたり壊れたビニール傘が始祖鳥の化石みたいになってたり、そういう迫力を感じさせるのは、一定の役割があることはわかります。

でも、レポーターがヘルメットかぶって、横殴りの風雨にさらされながら「こちら、このような状況です」と濡れ鼠になっていることに、なんの意味があるんでしょう。

ある番組では、「ある宿泊施設の庭の、安全なところからお送りしています」と何度も強調していました。ではなんのためにヘルメットかぶってるの?ヘルメットって、100%安全な場所で使うものじゃないんじゃないの?

クレームがあることへのあらかじめの対処、なんでしょうけど、余計なことしてるんだなぁ、と思わないではないです。

台風情報、というよりも被害情報、を伝えたいんだな、と感じます。
「被害情報」とは「ほら、こんな風に傷んでるよ、ほら、こんな風にひどいよ」という情報ですね。「だからこうしよう、今後もそうしよう」ということではなくて「ほら、怖いね、ほら、ひどいね」という恐怖を、どんどん流布する。

それがそんな風に一見、見えないのは、キャスターが真面目な顔をしているからです(これ重要)。

やり方が、すでに方式として成立しているので、ウカッと見ていると気づけないんですが、テレビの報道は、全て「見ている人を不安に陥れるため」にあるんです。

「正確な情報を多くの人に伝えて正しい方向へ導く」ためにあるのではありません。
いえ、ゼロではないんでしょうけど、その優先順位はずいぶん下、と言わざるを得ないでしょう。

テレビの目的って、いったいなんなんだろう??

第一は、「不安にさせる」です。

そんな悪意を…と訝(いぶか)る声もあると思います、でもこれ、関わる誰もが「不安にさせるのだ!」と思って番組に携わっている人はいない、というのがポイントです。
キャスターを始め、レポーターなど、画面に登場する人はもちろん、制作の誰もが「視聴者を不安にさせろ!」とは思ってない。思ってないのに、そうなってるんです。

これは「構造」の問題ですね。

関わる人はそんなつもりもなくてただ一生懸命、与えられた仕事をできる限りの力を振り絞って頑張っているのに、「構造」によってそうなってしまう。

これ、テレビ観てて気づく人ってほとんどいないと思うんです。
ただ、テレビ番組は「不安にする」「ストレスを抱えさせるため」にあるんです、これは構造上、絶対に間違いない。

それは、なぜか。

それは、なんらかの方法で、その「不安」「ストレス」を、解消させるためです。
ではその方法とは何か。

それは「購買」です。「お買い物」です。

今さらながらですが、テレビ番組は、「コマーシャル」のためにあるんです。コマーシャルを打つ広告主(スポンサー)が、番組を作るお金を出している。本当に見て欲しいのはコマーシャルです。CMです。それが本音です。1本数千万、と言われるテレビ番組にお金を出すのは、その番組を見ている人に、ついで(みたい)にCMを見てもらうためです。本当は、その数千万でCMを作りたいところですが、それでは誰も見ないから。

 

「不安解消」のために、テレビはある。

人間の不安は、種類は違っても、けっきょく一つに集約されます。
台風の不安も、病気の不安も、犯罪の不安も、恋愛の不安も、ダイエットの不安も。

「不安」という一つの心のバケツで、一緒くたになる。

毎日、いろんな番組をやっていますが、見ていて「うわぁ大変だ」とか「ああ、怖い」とか感じたなら、それは番組の「意図」通りなんです。

不安を催させることが、テレビの最大の目的です。
どうしてそんな目的が必要なのか。

それはさっき書きました。
「購買に向かわせる」ためなんです。

どんな不安であろうが、それを解消すべき商品のCMが、流れているから。

例えば「ああ、怖かった」という感情が不安として心に蓄積されてた場合。その不安は、個別にそれぞれが持っている、ストレスや不満に、振り分けられます。ああ、最近シミが増えたような気がする。なんとか、アンチエイジングに突進したい。そう考えている主婦の人には、「ああ、怖かった」から生まれた不安が利用されます。

その不安を解消するためには、それなりの化粧品を買わなければならない。効果が高く、値段も手頃なコスメアイテムを入手したい。そういう願望の素材に、不安が使われるのです。

 

悪い言い方をすれば…

テレビは「こんな恐怖があります、こんな悪がこの世にはあります」を流して、一方で「こんな解決法があります、これを買えばこんなに素晴らしい」も一緒に流して、「ストレス→イライラ→購買→解消→ストレス」の循環を、毎日生み出しているのです。

これは「構造」ですから、これじたいに善いも悪いもない。この構造に気づき、それを利用するかどうかは、個人次第です。ただ、気づかないまま、「リラックス」に使っている人が多いのも事実でしょう。

「何も考えずにただぼーっとつけっぱなしにしてると、リラックスする」という位置付けで、テレビを捉えている人って、けっこういるはずです。お笑い芸人が大勢で騒いでいる、としか見受けられない番組とか、確かに罪なく、ただただハシャいでいるだけに見えるので、ストレスがほぐれているように見えるでしょう。

でもそれは、間違いだと思います。
あれは、新たなストレスを作り出している。

ニコチンの作用と同じで、かかるストレスがなくなった瞬間に、リラックス効果を生み出しているという勘違いが起こるだけで、実はそれ自体が、ストレスの原因になっているパターン。

「起きたらまずつける」
「帰宅したらすぐつける」
「唯一の情報収集」
「寂しいから」

という感じの観点で日常、使っている人にとっては、かけがえのないツールであるテレビ。悪ではないですが、上に書いたような「構造」は、知っておいて損はないと思います。そしてけっこう重要なことは、そんな「構造」について『テレビ自身においては絶対に語られることはない』ということでしょう。

テレビに出ている人らの楽しそうな、または真剣な表情だけで判断してると「こんなに真面目な人がこんなに真面目な顔して真面目にやってるんだから、間違っているはずはない」みたいな陥穽に落ちます。いずれにしても責任は自分で取るしかないのですから、クレームとかいくらつけたって、それは恥ずかしいだけです。「テレビでやってたから」を丸々信じていいのは、15年前くらいまでの話でしょう。

今はスマホもありますし。こういうのをTwitterで、見て強くうなづきました。

「早く天に召」とは思わないですけどw、若い人でもそれに近い人っていますからね。「お前の手にあるその小さく四角い光る板はいったいなんだ!?」と言ってあげることにしましょう。

 

 

 

 

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