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徳田神也のblog。理詰め&BLUES。

おんな城主 直虎第三十九回「虎松の野望」

   

直親の法要が行われた天正2(1574)年12月。

虎松(直政・菅田将暉)が戻って来て、直虎(柴崎コウ)に「井伊はどうするのでござるか」と詰め寄る。井伊家は解散になったので、もう滅亡した、ということで納得できるのか…というと、虎松には納得いかないんですね。

直系の嫡子であった虎松は、生きてさえいれば再興できる、というものではないにせよ、養子になった後もずーっとそれを、考えていたんでしょうね。

現代のような法律はない時代ですから、「再興します」と言えば再興できるんでしょうけれど、その後ろ盾がないと、いくら自分で言っててもだめなんですよね。

よし、再興してよし、と決めるのは時の権力者。その権力者(武力で最強)も、実は「権威」の最高峰である朝廷に、その権力の根拠を求め続けている。

独立した家、とはいえ、実際は「棟梁にしたがう豪族」とか「国衆」とか「旗手」とかいう感じで、実際には主従関係にある。

しかしまだ「但馬」の名前を出てくるあたり、政次ロスの残滓が…w

徳川家康(阿部サダヲ)がやっとバカ殿っぽくなくなって来ましたね。

岡崎城主として南渓和尚に会った徳川信康(平杢生成)は、のちに織田信長の命令で、この5年後くらいに、切腹させられてしまいます。積年の「信長め」という思いが、家康にないわけがない。おそらくその思いは、本能寺の変につながっています。

虎松は、まだ前髪を残す年齢(生年は1561年なので)、この時まだ13歳(15歳)なのですね。え、この菅田将暉、13歳ってことなんですね…。それはさすがに無理がありませんかね。いやでも寺田心くんが13歳の役、というのはもっと無理そうだし、間に違う少年役を…となるとこれはまたいろいろ大変そうだから、「異様にしっかりした少年・虎松」ってことで、菅田将暉でいくぞ!となったんでしょう…。いや、気にならない…気になる…。あんまり気にならない…ということに…します…けども…。

家康によって、突如「井伊の者として余に仕えよ」と命じられる虎松。これは言ってみれば「潰れた井伊株式会社の資本金をわしが出してやるから、お前社長をやれ」ということなんですよね。

 

イケメン男子で有名だったらしい井伊家。

暗殺された直親(三浦春馬)も、かなりの男前だったとか。少年だった虎松も、まだ幼いながら、かなりの可愛さだったのでしょう。武将と小姓の関係において、「覚えめでたき」というのは「そういうことを含む」だったんですね。古いキリスト教的な規範が日本に流入する前は、「男色」は決して責られるようなことではなく、「嗜(たしな)み」とか「甲斐性」とか「風流」だったんですね。その辺り、価値観は時代によって移ろう、絶対なるものではない、と言ったところ。

しかしこの「井伊復興の言質」が、才気煥発なる虎松の発案による策略だったとしたら、そりゃのちに徳川四天王にまでなるわな…という感じがして来ます。

 

今回の「直虎紀行」は、ここでしたね。
「浜松城公園」

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