自論構築過程

ハナモゲラ和歌の誘惑の誘惑

投稿日:2017年6月25日 更新日:

ハナモゲラ和歌の誘惑

みじかびの
きゃぷりきとれば
すぎちょびれ
すぎかきすらの
はっぱふみふみ

なんなんだこれは。
興味を異常に掻き立てられる人もいれば、「わけがわからん」とスルーする人も多いでしょう。

総じて、「ハナモゲラ」と称す。

いや、直接関係ないし思い出し方もよくわからない感じでサラッと言いますけど、「こち亀」に、元不良で、発葉二三文っていう人、出て来ませんでしたっけ?知ってる方、巻数を教えてください。

 

実は先日、お誘いいただいて、この本の出版記念公聴会、を聴かせていただきました。
下北沢のB&B、という本屋さんで行われました。

下北沢のB&B

店内は満席(お客さんにはぼかしを入れました)。
文系女子、そして文学青年、みたいな人が多かった印象。

文系女子

ワンドリンクとともに、ハナモゲラカードを一枚いただきましたよ。

トークイベントのゲストは歌人・穂村弘氏と、辛酸なめ子氏。
静かながら辛辣ななめ子氏と、的確な語彙で思考を短縮させてくれる穂村氏。

何度も話の筋が見失われる瞬間がありましたがw、適正な補足をしながら節度を持って抑えておられる穂村氏と、闕所(けっしょ)を捉えて優しく自虐でフォローを差し込む辛酸氏に感動しました。その中を、わりと一番自由に泳ぐ笹氏w

トークセッションの中で穂村氏が、ハナモゲラのエッセンスに関わる発言を、ぽろっとされたのが印象的でした。
「森田、だったら“タリモ”になるはずなのに、タモリ、なんだよね…」

「自分の名前は誰でも下から素早く言える説」のお話の流れだったと思うのですが、ここなんですよね、法則は、あるようでない。
いや、「あるようだけどない」という法則がある。
もしくは「さも、法則があるように見せる」という法則。

この「さも」は、ハナモゲラにとって、重要なポイントなんです(後述)。

 

念力がほっしぃ〜〜〜!!!!

NHKのドラマ「念力家族」を見ていた私。
シーズン2の第13話のテーマは

喫茶店のコップの水に手をかざし沸騰させていらだつきみは

だったんです。なんだか最高ではないですかw
このドラマは全員変・そして全キャラ素晴らしく良くて、面白かった。

あふれる変人愛、ドラマ念力家族 原案は短歌、NHKが挑んだ新境地
https://withnews.jp/article/f0150601002qq000000000000000W0080601qq000012059A

静かながら、楽しいトークイベントでした。

 

さて、ハナモゲラって一体なんなんでしょう。

 

『ハナモゲラ和歌の誘惑』の巻末によるとやはり、山下洋輔さんがその創始者というか、ゴッドファーザー的な立ち位置にいらっしゃるようですね。

タモリさんとの衝撃的な初対面のことが語られていますが、なんなんでしょうその臨場感。

その頃のタモリさんは、要するに「江頭2:50」だったんですよね。

 

私は、『タモリ』『タモリ2』『タモリ3』をわりと真剣に聴いてましたから、

例えば

「ハナモゲラ相撲中継(『タモリ』)」、
「古典落語「めけせけ(『タモリ2』)」、
「歌舞伎中継 “世情浮名花模越”(『タモリ』)」
「きょうのお料理/ハナモコシのシェネ地中海風(『タモリ2』)」

なんていうのものの、楽しみ方を少しは知っているつもりではあります。
たまたま六代目三遊亭圓生もずーっと聴いてたこともあって、「さもありなん」なままずーっと進めていくその形態が、おかしくてしょうがない。

A:「留(とめ)じゃねえか。どうした、上がんない。なんか用かい?」
B:「せけめけについて聞きたい」
A:「ああ、いいやつがきたね、ちょうど俺もせけめけについて話したがってたとこだよ…せけめけがどうした…ん!?
B:「いやぁ…せけめけ…分かんねぇんでさ」
A:「わからなくて当然だよお前。へけまかせけめけがわかってたまるかいお前なんかに、ねえ…じゃあ、もろならわかるだろ」
B:「もろはわかります」
A:「もろせけめけときたら、どうなる?」
B:「もろせけめけときたら、はかまかになりますな」
A:「はかまかになるな。はかまかに、はかえろそを加えると、どうなるかな?」
B:「そけへれになりますな」
A:「そけへれになるな?そけへれが出てきたらむかしねが向こう側に、あるだろ!」
B:「へえ。むかしねが向こう側にありますな」
A:「むかしねの横には何がある?」
B:「え!?」
A:「むかしねの横には何があるてーんだよ!」
B:「むかしねの横には、うりしらべがあります」

「古典落語「めけせけ(『タモリ2』)」

いやいや、上手いこと言った、みたいな感じで終わるなよ。

 

そもそも、「外国人に日本語はどう聞こえるか」が、ハナモゲラの発端だったそうです。
古典落語なんて現代人が聞いても「それ、何?」というような古い単語には対応しきれない部分がありますから、「きょうらん売りが流行った」とか「けんしき売りの売り声」なんて言われても「ああ、そういうものがあったんでしょ?」と思えば、そのままスルーできます。

だって、実際にある噺の題である「てれすこ」だって「おかふい」だって、「ぞろぞろ」だって「つるつる」だって、何のことかわかりませんよね。

そういう「さもありなん」な感じ、「もともとそうであったかのように振る舞う」というのは、今にいたってタモリさんの至芸でもあるではありませんか。

NHK「ブラタモリ」の中で、資料館とか古い豪商のお宅とかで、貴重な版画を刷らせてもらう場面とか、ありますよね。

 

そういう時、タモリさんは「必ず(必ずです)」、

これ、私もう30年やってますからね

みたいなことを、絶対に言うんです(絶対にです)。

これって、「さもありなん芸」なんですよね。

難しい職業とか、○○歴30年、みたいな方が「タモリ倶楽部」に出て来た時は、そっち側に立って「俺たち○○は…」とひとことだけ(途中まで)言って、ツッコミを待ちます。
それ、必ずやるんです。

この「さもありなん芸(私が今つけた名前)」は、楽しめない人には全く楽しめないらしく、それは2007年の映画「大日本人」を引くまでもないでしょう。

かの映画は、まさに「さもありなん芸」の極致ではないですか。
主人公・大佐藤は、大日本人として、ただその日常を生きている。「もともとそうであったかのように振る舞い続ける」ことの異様さ、違和感、現実と合致している点、それぞれが、おかしみとなって立ち上がってくる。

ちなみに、Amazonのカスタマーレビューでは、星5つ(91)に次ぐ、2番目の多さである星1つ(88)。その一例を並べてみましょう。

楽屋でする内輪うけネタを、延々と見せつけられました
観客不在の自慰行為であり、これは映画ではないと思います

それはこれを仮に新作コントという捉え方で見た場合においても全くといっていいほど面白くないことである。
松本人志の笑いにおける才能は既に枯渇しているというのが自分の偽らざる感想である。

ダラダラ垂れ流してるので、結果意味がわからないと思う人がたくさんいるんだと思います。

この映画は公開当時映画館に見に行ったのだが、いや〜辛かった。というより「意味が分からなかった」というべきか。もちろんストーリーは分る、でも見ていても「これは皮肉なのか?風刺なのか?誰かへのメッセージなのか?」と、「どういう思惑なんだ?」感ばかりで「???」という状態で2時間が過ぎてしまったのだ。

ほんと嫌ですね、バカって。

 

この、「さもありなん芸」は、いわば現実をいったん並列化して、自分だけをその現実から抜き出し、再度、違う場所に位置づけ直す作業。

これ自体、まるで「詩」だと思うのです。

どうしても、「主体性」、または「当事者性」とでも言うべきタレントパワーに引きずられて観てしまう人たちは、普段、テレビでは本人らのキャラクターしか観ていないので、「その人は、その人」という見方しかできなくなってしまっている。

まさかあの有名人が、みずから自分を世界からいないものとして、再定義するなんて、思いもよらないかのように。

タモリさんの至芸は、「お昼のいこい(『タモリ』)」を聴けば納得です。
「いつまでも何を言ってるんだ!?」と、ツッコまざるを得なくなる「NHKアナ風」。
「ラジオ深夜便さもありなん編」という感じ。

それを見なくても、まず、「笑っていいとも!」がすでに、「さもありなん芸」なんですよ。
1982年に始まった『森田一義アワー 笑っていいとも!』。

1964年に始まった『モーニングショー』(現・テレビ朝日)に刺激され、フジテレビで「小川宏ショー」が作られました。
メインのキャストの名を冠する番組といえば「ラリー・キング・ライブ」(CNN)などが有名ですが、そういう、お硬いイメージの番組を思わせるタイトルをつけて、進行に、あの、タモリを起用するという、これはすでに「パロディ」だったと思うんです。

だからわざわざ、 『森田一義アワー』とつけてあるんですよね。

「さも、そうであるかのような立場」を演じるのが異様に技巧的で上手いタモリさんの抜擢は、その後、個人名を冠したテレビ番組として最長を誇ることで成果を残しています。(通算8054回。いいともに破れられるまでは前述の「小川宏ショー」が最長だった)。

 

思い起こせば赤塚不二夫氏の告別式において、弔辞を滔々(とうとう)と読み上げたタモリさん、そのカンペが、実は全くの白紙だったということに、国民は腰を抜かしましたね(忘れました?)。

あれは、故人がタモリ氏を発掘して共に遊んでいた時、よくやっていた遊びなんだそうです。つまりそれは、「さも、そこにそれらしいことが書いてあるかのように読む」という芸。

なんとなく、意味はわからんがわかる気もする、いやめちゃくちゃだけどこういう日本語の人っていたりするよね、とも思わないでもない、ハナモゲラ語。

それが、短歌という決められた旋律に押し込められた瞬間、また「あれ?そういうものなんじゃないの?」という、躍動感を逆に与えられてしまうのです。

ルールを守ると、個性が際立つ。
自由な解釈を許し、ハチャメチャながらもその音感に、なんとも言えないおかし味と、時に哀愁をさえ感じさせる、ハナモゲラ短歌。

著者の笹公人氏には、感謝を捧げたい。

著者・笹公人氏のサイト
http://www.uchu-young.net/

 

 

最後に、拙作をご紹介します。

 

たりもきの
ぱいあいんすを
きさみさに
むりにはんむに
ひりすだれたう

たりもきの







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